手がガサガサする。
埃のせいだろうか。



あの後私は銀八先生に捕まって、結局掃除をさせられるハメになる。


沖田は途中までコソコソ見ていたようだけど、しぶしぶ掃除をする私に、先生が

「ちょっと職員室行ってくるから、帰って来るまでにココ全部拭いとけよ」

と言って出て行ってから、ひとしきり私をバカにして

「飽きた」

と言って帰っていった。

めちゃくちゃだ。なんなんだアイツは。





雑巾を絞って床を拭く。

膝を抱えて、片手で雑巾を滑らせた。

水が筋のように床の色を変えるけど、すぐに乾いて元の色に戻っていく。
タイルの間には雑巾では取りきれない、小さな砂がたくさん入っていた。

ぼんやりとそれを見ながら、お尻を床につけた。


結局、教室まで自分のジャージを取りに行くのが面倒だ、という私の主張により、銀八先生に借りたジャージをスカートの下に履いている。
そのおかげで床についたお尻はあまり冷たくなかった。



元々しぶしぶ始めた掃除だったから、真剣にやるつもりは毛頭無くて、上のジャージは借りなかった。

それでもこのジャージはブカブカで、ウエストは紐をいっぱい引っ張ったし、裾も何度も折り返した。


先生は何にも言わなかったけど、これは大きさ的に先生のジャージなのかもしれない。




先生はこんなに大きいのか。



そう思うと何故か心臓がどくん と動いた。




その後も、心臓はどくん、どくんと大きく動く。


一体私の心臓はどうしたっていうのだろうか。



先生の、メガネ越しの瞳を思い出す。

それから、筋肉がしっかりついた腕、手首。


私を囲むように屈んだ先生。



クラスの運動部の男子は、あんなに逞しい腕をしてたかな。

あんなに大きな掌をしてたかな。

あんなに。先生は、あんなに…





そこまで考えた時、ガラッと扉が開いて、銀八先生がペタンペタンとスリッパを鳴らして入ってくる。



私はすぐに床に視線を落とした。




心臓がさっきより早鐘をうっている。




「おー都筑、まじめにやってっか?」
「はい」
「反省したなら帰っていいぞー、もう授業中寝んなよ都筑」
「…はい」



私はポチャンと雑巾をバケツの水に落とした。


濁った水に雑巾がゆっくり広がりながら沈んでいく。






私は、何を落ち込んでいるんだろう





「…じゃ、さよなら先生」
「おぉ、またな」






私はバケツを持って国語準備室を出ようとする。



「あ、まてまて都筑」
「はい?」
「ジャージは脱いでけ」
「…あ…そうでした、洗って返しますね」
「いーよ、そのままで。汚れてねぇだろ?」
「でも…」
「気にすんなって」
「…じゃぁ、お言葉に甘えて」





私はその場にバケツを置き、先生から見えない、本棚の陰に隠れて脱ごうとした。
別に、スカートの下に履いてるの、引っ張って脱ぐだけだし。
見えてないし。



そう軽く思ってジャージを下に引っ張ったら、途中で止まってしまった。

ウエストを紐で縛っていたから、腰骨に引っかかってしまったのだ。



紐を解こうとするけど、なかなか解けない。

固く結ばれてしまったようだ。




「あれ…?」
「都筑何してんのー?」
「紐が…」


焦れば焦るほど、紐は解けない。
絡まっていくばかりで、どんどん固くなっていった。




頭を本棚の陰からチョロリと出して


「せんせー…」

と情けない声で呼ぶ。


「お前さっきから何やってんの?」
「紐が解けない…」
「はぁ?何の?」
「ウエスト…」


私がそういうと、先生は至極面倒くさそうな顔をして、


「んだよ、早くこっちこいよ、ほどいてやるから」

と言った。


「…!!」

思わず後退った私の足にさっき置いたバケツが当たって、水がパチャン、と跳ねた。












今、先生の指が、私の下腹あたりで動いている。


下を向く私の目の前には、先生のふわふわとした、銀髪がある。



顔が熱い、ドキドキする、恥ずかしい、情けない。




スカートを両手で捲り上げる私は、お腹の素肌が出ないように細心の注意を払いながら上半身を精一杯反らして、先生から少しでも距離をとろうと試みる。




恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。

足が震えているような気がした。
呼吸も早くなっているような気がする。



先生にそれは、バレたくない。


なんでだろう、
情けないか ら?



「お前さぁ…」

と、唐突に先生が言う。

「なんでこんな固く結んじまったのよ」
「だってジャージずり落ちちゃうんですもん」
「ふーん」




興味のなさそうな返事。
紐を解くのに集中してるからか、それとも本当に興味がないのか


そう思ったら、さっきまで固まっていた身体から力が少し抜けた。

雑巾が濁った水に沈んでいく様を思い出す。



すると先生が

「ん」

と言って少し離れたから、また本棚の陰に行って、今度こそスルリとジャージを脱いだ。



「ココに、置いときます」


部屋の隅にある長机にジャージを畳んで置いて、先生の

「んー」

という返事を聞いて、バケツを持つ。
扉の窪みに手を掛けた時、また先生が私を呼んだ。


「都筑ー」
「…はい?」
「ちゃんとメシは食えよ?」
「…はい??」
「そんなほっせー腰してたら安産できねーぞ?」
「…セクハラ教師ぃぃ!!」



叫んで部屋を出ると、ピシャリと扉をしめて水道まで全力疾走


バケツの水を水道にぶちまけたら、汚れた雑巾がベチャリと出てくる。


蛇口を捻ると、キレイな水が流れを作った。

その中に、雑巾から濁った水の筋がふよふよと漂って、排水口に流れて、それは徐々に消えていった。

















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