憂鬱だ。
これから俺の楽しみの一つのメシの時間だというのに。
「あぁあ…」
バサッと小テストを机に置く。
机に両手をついてうなだれた俺の声は、狭くシンとした国語準備室に大きく響いた。
「……売店行こ」
売店では、先程チャイムが鳴ったばかりだというのに、早くも血気盛んな生徒達が焼きそばパンをめぐって争っている。
昨日は俺もその輪の中に入ったが
「今日は焼きそばパンって気分じゃないんだよなぁ…」
焼きそばパン戦争には参加せず、まるで誰かに言い訳するみたいに呟いた。
自販機でイチゴ牛乳を買って、すいてるレジからおにぎりを4つ買った。
レジのおばちゃんと他愛無い会話を交わして、ボンヤリと校舎から出て中庭の陽向に座る。
さっき買ったおにぎりの包装を破りながら思い返すのはさっきの授業のことだ。
「やっちまったなー…どうしようかなー…」
パリパリとおにぎりの海苔が口元で裂けて落ちていく。
まだまだ肌寒い風が海苔をどこかへ攫っていった。
生徒が、教師に憧れるなんてよくあることで、俺自身も何度か経験したことはある。
だいたい思春期真っ盛りの時期の子供達に恋愛するな、なんて無理な話しだし、精神年齢の成長著しい女子が年上の男に憧れる、なんてのも、この年齢なら致し方ない。
だけどそれが必ずしも彼女達の幸せになり得る恋愛ばかりなわけではなくて、何事も勉強だと言うし、経験してわかることもあるにしろ、当たり前に傷つかないに超したことはないのだ。
そんな、俺にとって『守るべき存在』でしかない彼女達と恋愛なんてもってのほかだ。
なにより自分が当事者になるなんて面倒なことはごめん被りたい。
また風がふいた。
さっき飛ばされたんであろう海苔が、風に乗って舞っている。
俺は口の中のおにぎりを飲み込んでため息をついた。
そして一人の女子生徒のことを思い浮かべる。
都筑柚芽…
成績は普通。国語自体は苦手ではないが、漢字が少し苦手。
授業をサボったり問題行動を起こすような生徒ではない。
授業を聞かずに寝ていることがたまに…いや、何度かあるが。
「なぁにが引っかかっちまったのかねぇ…」
都筑との接点はこの間の居残り掃除くらいなものな気がする。
だけど居残り掃除させた教師なんかに憧れなんて抱…かねぇよなぁ普通。
よっぽど両親が放任主義で、誰かに怒られたことなくて、嬉しくってドキドキ☆私先生のこと好きかも…
みたいな、恋愛感情とほかの感情を勘違いしてしまうことがあれば無くはないかもしれない。
家族内でもコミュニケーションが希薄になっている昨今なら有り得なくはないが、都筑の家庭に何か問題があると聞いたことはないし…
ただ、ひとつだけ心あたりがあるとすれば、さっきのテスト中だ。
たぶんあれが悪かったんだろうな。
たぶん、笑いかけたとか、そんな些細なことだ。
だけどそれはあれだ…
無意識、だし。
多感なお年頃の彼女にとって、何がきっかけになるかなんてわからないし、いちいちそんなこと考えていられない。
でもアレな可能性は大だ。
「あー…やっちまったなー…」
また冷たい風がふいた。
ざぁっと音をたてて海苔が舞い散り、俺にかかりそうになって思わず片目を瞑る…というかどんだけ海苔舞ってんだよ
そう思った直後、俺の頭に何かが思い切りぶつかった。
「おっといけねぇ手が滑っちまったぃ」
「ちょっとぉぉぉ沖田君んんん?!
どう手が滑ったらおにぎりが俺の後頭部に飛んでくるわけぇぇぇぇ?!」
「自分の担任してる生徒が一人寂しくおにぎりの海苔を撒き散らしてるのに気がつかねぇからでぃ」
「やたら長時間海苔が舞ってんなと思ったら君のせいかよ。
ってかなんで海苔なんかばらまいてんのよ」
「天パにくっついたら面白いなと思って」
「俺狙いィィィ?!
なんなの!!俺になんか恨みでもあんの?!」
俺が頭のご飯粒を取りながら叫ぶと、沖田君はムッとした顔をして、俺から目をそらして
「別に…」
と呟いた。
おや?
「沖田く…」
「じゃ、俺はもう行きまさぁ。 どっかの天パと違って暇じゃないんで!!」
「あ ちょっと沖田君…あーぁ行っちゃったよなんなのあの子」
バタバタと校舎内に駆け込む沖田君を見送って、俺はまたため息をついた。
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