大人にはちっちゃな出来事だって
私達にはおっきな事件で
それでも私達は
いつもそれに向かって
全力で走ってる
いつだって“本気”なのに
──────
『都筑柚芽』
と呼ばれたのを、俺は聞き逃さなかった。
アイツなんかやらかしたのか、と、からかう気持ち半分、興味本位半分で、急いで教室を飛び出した都筑の後を追った。
都筑は真面目なタイプではないが、かと言って何かやらかすタイプでもない。
普通のやつだ。
そんな都筑が脅しみたいな校内放送をされたとなりゃぁ、からかいに行かなきゃなんねぇ。
国語準備室に都筑が入ったのを見計らって、ドアにこっそり近づく。
少しだけ開いている隙間から中を覗くと、声は聞こえないが、何かを会話しているらしい。
都筑の後ろ姿と、イチゴ牛乳のパックを机に置いて立ち上がる銀八が見えた。
そして俺は見たのだ、銀八にまんまとからかわれる都筑を。
そして国語準備室を飛び出した都筑の表情を。
俺は焦るような気持ちで、都筑とは別のルートで、都筑の教室へ向かう。
途中、
「いってぇな、あのやろー…」
と呟く銀八の声が聞こえた。
都筑はまだ教室についていないようだ。
俺は、誰もいないY組の掃除道具入れに隠れ、都筑を待つ。
やがてやってきた都筑に、『ストーカーごっこ』をしていると、とっさに嘘をついた。
都筑は俺が言ったことを間に受けて、だいぶ引いているが、関係ない。
今はそんなことよりも、聞きたいことがあった。
「普通が一番」
なんて言葉が好きな言葉だと言ったくせに、あの時の都筑の、あの表情は、なんなのだ。
幼い頃からの付き合いのコイツをからかうネタを手に入れた俺は、都筑を追い詰めようとしたが、危険を感じたらしく逃げ出した。
まったく、俺から逃げようなんてバカなヤツでさぁ。
そう思って追いかけていたら、角を曲がったところで銀八に捕まった都筑を見て、なんて都合のいいヤツだ、とほくそ笑んだ。
これで問い詰めて、からかって、暇つぶしが出来る。
しかしどうだ、銀八に捕まって掃除を命じられたアイツは、銀八に借りたジャージを持ったままそれをしばらく眺めている。
「履かねえんですかい」
「…」
銀八が居なくなったのを見計らって話しかけると、キッとこちらを一度睨みつけた都筑は、いそいそとスカートの下にジャージを履いた。
ウエストが大きいのか、紐を結んでいる上に、肌色が見える。
手だって白いのに、腹は透き通りそうに白かった。
「おいおい、男の前で堂々と着替えたぁ、お前さん女を捨てちまったんですかい」
「…あんたを男と思ってないんだよ」
「確かにお前の男前さには負けまさぁ」
「……」
座り込んだ都筑は、どこかしょんぼりしたように裾を何度か折ると、黙って雑巾を絞った。
バケツの冷たそうな水に、濁った水が混ざる。
白かった都筑の手先は、魔法のように赤くなる。
「…」
「……」
聞きたいことがあったはずだ。
「しかし、居眠りで居残り掃除たぁ、古典的だな」
「……」
「それに捕まっちまうお前は有り得ねぇくらい鈍くさいんだな」
「………」
聞きたいこと、が あったはず
「銀八のやつ、」
「、」
「…このまま帰っちまったりしてな」
「、……」
だけど、銀八の名前を出した時のコイツの反応を見れば
「………あー、なんでぇ、つまんねぇな」
「…帰れば」
「都筑に言われなくてもそうしまさぁ」
「バイバイ」
「ま、せいぜい銀八に扱き使われればいいんでさぁ」
「うっさいハゲ早く帰れ」
「へいへい」
つまんねぇ
ごまかせたと思ってんのがつまんねぇんでさぁ
「…それすら自覚してねぇのがまた質悪いんでい」
都筑のバカが。
「つまんねぇヤツに、」
あぁ、つまんねぇ。
帰り際、教員下駄箱の銀八の靴を両方ひっくり返して帰った。
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