「…つまらんのぉ…」
晴天の屋上にて、独り言。
ザァッと強めの風が吹いた。
肩まである髪が風に舞う。
風は強いが、日差しのせいか暖かい。
それでも何の隔たりもなく直接顔に当たる日光に攻撃されているような気分になって、日陰に歩いていって座り込んだ。
壁に背中を預け、両足を投げ出す。
またザァッと、今度は違う方向に風が吹いた。
「…つまらんのぉ…」
先ほどと同じ呟きを、今度はため息と共に吐き出した。
「何がそんなにつまらん?」
急に頭上から声がして、上を見上げた。
見上げなくてもなんとなくわかっていたけど、まさかそんなところに居たなんて。
「…いつから居たのさ」
「さぁ、いつじゃろな」
答える気がなさそうな仁王はフッと笑うと、よっ と言いながら飛び降りてきた。
あまり音をさせずに着地する。
「…猫か、あんたは」
「そうかもしれんのぉ」
「もしそうだとしても驚かないわ」
そう返すと、仁王はクックッと声を出さずに笑った。
「しかしお前さん、さっきと喋り方、変わったんじゃないか?」
ニヤニヤと笑っているであろう仁王の顔は見ずに、またため息をつく。
仁王は居ないと思ってたのに、まさかあんなところにいるなんて不覚だった。
「…プリ」
「おいおい、人の口癖取っちゃぁいかんぜよ。著作権の侵害ナリ」
大袈裟に、でもどこか楽しそうに笑いながら言う仁王を見て私も少し笑った。
「別に口癖じゃないでしょ、意識して言ってるクセに」
「ピヨ」
「ウっザい」
「ウザいは傷付くぜよ」
冗談混じりの言葉のやり取り。
意味もないこんな会話が、たまらなく心地良い。
仁王は私の隣に座った。
仁王と過ごす無言の時間は苦痛じゃない。
どこかお互い別のことを考えていて、それをお互いがなんとなくわかっているからかもしれない。
また強く、風が吹いて、髪が顔にかかった。
それを払おうとしたら、横から仁王の手が私の髪を耳にかけた。
私は仁王を見る。
仁王も私を見ている。
仁王は私に静かにキスをした。
唇が触れる瞬間目を閉じると、心臓がトクンと動く。
少し離れて見つめ合い、今度は私からキスをする。
触れるだけのキス。
やはり風がザァッと鳴っている。
「で?何がそんなにつまらんって?」
「別にー」
「そんなに俺と会えんかったのが寂しかったか?」
「バカじゃないの?」
「可愛くないのぉ」
「嘘つき」
私の言葉に仁王は優しくフッと笑う。
本当は、最近部活で忙しい彼と、クラスも違う私が、ほんの少し寂しがっていることを彼は知っている。
だけどそれは仕方のないことだし、そう割り切ってあっさり自分の時間を過ごせる女であることも、同時にわかっている。
けれどやっぱり逢えないのは寂しくて、日々少しの喪失感を感じていることも、それを埋めるようにたまに私が仁王の口真似をすることも、やはり知っている。
そして、そんな私のことを仁王は好きでいてくれているのを、私は知っている。
だから余計、私は仁王に「寂しい」なんて言わなかった。
仁王は私の頬に手を伸ばし、スッと撫でると、そのままグニッと摘んだ。
親指と人差し指で軽くムニムニと引っ張ったり揉んだりしている。
痛くはない。
「何?」
「もうちょっと素直になりんしゃい」
「…その言葉そっくりそのまま返すわ」
「俺はいつでも自分に素直ナリ」
そう言うと仁王は少し真面目な顔をして
「だからこうして、由芽に逢いに来たんじゃろ」
と言った。
心臓が、またトクンと動いた。
いつも私を「お前さん」とか呼ぶ仁王にたまに名前で呼ばれると、胸がギュッと締め付けられる。
今みたいに真顔で言われると、特に。
「仁王」
「ん?」
「 、キスして」
「ん」
私は仁王の腰に遠慮がちに腕をまわす。
それに答えるように、仁王は私をグッと強く引き寄せてキスをした。
風の強い屋上にて
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