彼は

「ま 仕方ないって」

と、あっさり言い放った。

「前からそういうヤツじゃん。浅井、知ってて付き合ってたんじゃねーの??」


目の前に座る丸井君は、もぐもぐと口を動かしながら喋る。

「し…知ってた…かもしれないけど…」
「何その曖昧な感じ」
「だって…」


丸井君の攻めるような口調に、私は思わず視線を手元にあるジュースへ下げた。
もじもじと指を動かすと、紙のコップから水滴がつるつると周りの水滴も巻き込んで、テーブルに落ちた。


「悪いな、コイツいつもこういう口調だから。悪気は無いんだ、あんまり気にしないでくれ」

丸井君の隣に座るジャッカル君が、苦笑いでしたフォローに、私も苦笑を返す。


丸井君達には、私が片思いの時から時々こうして相談にのってもらっている。
だから丸井君はちょっと言い方キツい時はあるけど、本当は優しくて、考えついたことをすぐに口に出してるだけだって知ってから、大丈夫。



「とにかくよ、アイツ、今お前が言ったみてーに束縛?っつーの?
 なんか自分の行動に口出されんの嫌いだから、言わねー方がいいぞ?
 別れる覚悟が無いんだったら、な」
「うん…」



別れる覚悟、かぁ…

私はまた、紙コップの水滴をテーブルに滑らせた。





丸井君と私と同じクラスで、テニス部の仁王雅治と付き合いだして約半年。


早くもメールが続かない。



彼はなんだか行動が自由な、猫みたいな気まぐれな人だと思っていたし、実際そうだった。

だけど意外にもメールに関してはマメな方で、最初のうちはたくさんのメールのやりとりに、夜中まで浮かれて起きていたものだ。



それが、最近めっきり続かなくなった。



丸井君の言っていたように、普段の彼は本当に気紛れで、誰かから制限されることを嫌う。


だから、意外とメールがマメだと知った時は驚いたし、それが私だけに、だと知った時の喜びは相当なものだった。


だから丸井君に
「前からそういうヤツ」
と言われると、そうだったような気もするし、なんだか釈然としない気もした。


「まぁよくわかんねぇヤツだけどさ、好きでもねぇヤツと付き合うようなヤツでもねぇだろぃ」
「そ かな…」
「アイツなら、冷めたらすぐ別れると思うぜ?」

昔はよくそうやってポイっと、と言った丸井君の口を、ジャッカル君が慌てて塞ごうとして、逆に丸井君に殴られた。


その後ものすごい勢いでポテト(L)を平らげた丸井君は、
「ま、頑張れ」

と言って、弟の世話があるから、と帰って行った。

「…そうは言っても…」

丸井君達と分かれて、とぼとぼと駅までの道を歩く。


『冷めたらすぐ別れると思うぜ?』

丸井君の言葉が頭をぐるぐる回る。

なんだか、このメールが続かなくなったのは、別れの布石なんじゃないか

なんてマイナス思考がとめどなく出てくる。


せっかく丸井君とジャッカル君に励ましてもらったのに、私の頭は嫌な考えでいっぱいだ。


さっきからずっと右手に握っている携帯は、やっぱり、震えない。

私からメールを送ってみようと考えて携帯を開いても、そういえば最近は私から送ってばかりで

(返信無いのにまた私から送ったらウザい…か…)

なんて考えて、携帯を閉じる。


マンガだったらこのタイミングでメールが来るのに、やっぱり現実はそんなに簡単じゃない。

そこまで考えて、私は私に向かって吐き捨てるように言った。

「…バッカみたい…」
「だーれがバカじゃって?」
「!!」

背後からの声に驚いて振り向くと、そこには雅治がいた。

「なんで…」

居るの、と聞こうとして、止める。
そんなの聞いたって、きっと私が喜ぶような答えは返ってこないと思った。

予想通り

「居ちゃ悪いんか」

と、雅治は少し不機嫌そうに言った。

「お前が…」
「…ん…?」

雅治は何かを言おうとして、途中で口を噤んで、私から目をそらす。
表情はいつもみたいに何を考えてるかわからなかった。それが無性に悲しくて仕方ない。
心臓が握りつぶられそうな感覚に、呼吸が苦しくて大きく息を吸った。


そしたらだんだん視界がぼやけていって、急いで見えないように俯いた。


あ ヤバい どうしよう、と思ったらもう私には溢れてくる涙を止めることが出来なくて、それなのに、地面に涙が落ちていく様子をどこか冷静に見ている私がいる。


「…由芽」
「……」

きっと雅治は、こうやって泣かれるのが面倒なんだと思う。
だから顔を上げられなくて、返事も出来なかった。

「…由芽」

雅治がもう一度私の名前を呼ぶ。
顔は見れないけど、いつもより真剣な声だった。
別れちゃったら、もう大好きなこの声が私を呼ぶのを聞けなくなるのだろうか。

そう思って、ゆっくり目を閉じた。



「…俺は束縛されるんは、嫌いじゃ」
「…うん」
「じゃけぇ、お前さんのことも束縛しとうない」
「…うん」



雅治の言葉を、一言一言大事に聞いた。
雅治はめったに自分の気持ちを言うことはないから、例え別れの言葉だとしても大切にしたかった。



すると頭に、ポン、と手を置かれた。

心臓が跳ねる。
雅治にこうして頭をポンポンとされるのが、私は大好きだった。その時見せる、雅治の優しい表情も、いたずらっ子みたいな表情も、全部全部、大好きだった。


今の私にそれは酷だよ、雅治。


声を上げて泣き出しそうなのを必死にこらえたら、雅治の手はゆっくり髪を撫でるように滑ると、私の頬に触れた。


反対側の頬も雅治の手に包まれて、雅治の方を向かされる。
視線を合わせられなくて、泣いてる顔を見られるのもイヤで抵抗すると


「こっち向いてくれんの…?」

なんて、どうしてそんなに切なそうな声で言うの。


私は深呼吸してゆっくり顔を上げたけど、目を合わせることは、やっぱり出来なかった。

雅治の顔下半分だけ見える。


「でも、由芽が他のヤツとしゃべっとるんを見るのはイヤじゃ」


その言葉を聞いて、はっと視線を上げると、雅治は私の涙を親指で拭って

「やーっとこっち見たのぉ」


と苦笑した。


「俺は束縛されるんはイヤじゃ。
 なのに俺が由芽を束縛するんは違うと思っとったし、由芽もイヤじゃろうと思う」


私は、そんなことないよ

って言いたかったけど、泣いていたせいか喉が張りついてしまったようで声はうまく出なかった。

「俺自身、前は“嫉妬”って気持ちがよくわからんかった。
 でも気がついた。
 俺は丸井達と仲のイイお前さんを見とぅなかったみたいじゃ。
 泣かすつもりなんて、なかった」



そう言うと、雅治は私から手を離した。


「こんな俺、イヤじゃろ」
「そんなこと…」
「…お前さんが俺と別れたいなら、止めん」
「別れない」
「…!!」
「雅治の気持ち、嬉しいから」


いつも飄々としてる雅治が私に出してくれる感情が、イヤなわけない。

胸がギュウギュウと締め付けられる。
だけど不思議とさっきみたいな息苦しさはなくて、ただ、雅治に触れたいと思った。


雅治の手をギュッと握ったら、雅治は私の手に指を絡めてきて一歩近づくと、おでこをコツン、と合わせた。

すぐ近くに、雅治がいる。


「…別れたくない」
「うん、ありがと雅治」
「由芽」
「ん?」
「好いとぅ…」
「ん…私も…」




ギュッと手を握りあって、雅治は私の瞼にキスをした。




(なんでココに居るってわかったの?)
(丸井から聞いたナリ。「浅井泣かす」ってメール来たぜよ)
(え…まぁたしかに泣いたけど)
(明日丸井は死刑)
(いやいや、雅治が原因だよ?)
(…プリ)








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