※未来捏造
「うっ、わ!」
しとしとと雨なのか雪なのかわからない粒が降る朝、玄関のドアを開けて出てきた安形に、オレは驚愕の声を上げた。
グレーの上着を片手に黒いスーツを着込んだ安形は高校の頃から少しだけ顔立ちやら何やらが成長していて、オレ程ではないけどそれなりにかっこよくなった。
181cmだった背丈も、伸びたらしい。
(スーツが、ものすごく似合ってるな…!)
「なんだよ、なんかおかしいか?」
「い、いや、何もおかしくは、」
怪訝な顔でオレに問う安形に首を振って否定し、口元に手を当てる。
普段スーツなんか着ない安形のその姿にきゅんきゅんと訳のわからない動作を繰り返す心臓を、うるさい静まれと一喝した。
綺麗に
輝いた
成人式も無事終わり、どこもかしこも袴やスーツ、振り袖を着たオレ達と同年代の若者で溢れる。朝からの雪のお陰で、傘をさしている人がほとんどだ。
程よい緊張から解き放たれて息をついたオレの背中を、安形がぽんぽんと叩く。
式典の後のテンションか、正式に成人になったことへの喜びか、楽しそうな声がそこかしこから聞こえた。それは、オレと安形も一様で。
「これで人目を憚らずにビール流し込めるね安形は!」
「人目を憚らずにって…オレがこそこそ呑んでたみたいに言うんじゃねーよ」
「え、違うの?」
「誤解を招く言い方をするな」
はは、と苦笑いを浮かべ頭を掻いた安形にオレも笑う。ちょっと背伸びをしてレンタルした袴が吉と出たのか女の子にたくさん声をかけられ、凶と出たのか少し歩きにくくもあった。
ちょっとだけ裾を持ち上げながら足元に視線を落とし、安形と言葉を交わす。
たまに届く笑い声を、小気味よく感じた。
「ミチルも練習してみるか」
「なにを?」
「酒」
「丁重にお断りします」
「遠慮すんなよ」
「してないよ」
数年前より大人びた横顔が、ふわりと緩む。いつから、こんなに柔らかく笑うようになったのだろうか。
朝みたいにきゅんきゅんと鳴りはじめた心臓を、体の外から握ってみた。……うん、止まない。
「さっき、連絡先とか受け取ってたみたいだけど」
大量の雪をバックに、安形が今思い出したかのように言う。
「………アレ、捨てるなり消すなりしとけよ」
ぼそっとそう呟やかれたその言葉は、しっかりと耳に届いた。
言った本人は眉間にシワを寄せて、妙に不機嫌そうだ。
「え、束縛系男子?安形が?」
「束縛なんかしてねーだろ。……得体の知れない奴らとメールとかすんなよってだけだ」
「ふ、……うん、わかった」
バツが悪そうにため息をついた安形に、思わず笑みがこぼれる。
「…袴、似合ってるな」
「え、あ、ありがとう」
まさか安形からそんなこと言われるとは思っていなかった。
お礼を言った後でしばらくア然としていると、なんだよと睨まれる。
「安形も、……スーツ似合ってる」
「…おー」
とてもそんなふうには見えない大粒の雪が
きらきらと、輝いているように見えた。
end
成人式のことはさっぱりですが、記念にと書いてみました。
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