book | ナノ


「さっむ…」

冷たい風が、何にも被われていない顔に吹き付ける。はあ、と息をはいて首に巻いた紺色のマフラーで顔半分を隠した。
それでもさらけ出された耳が、北風を直に受け止める。

「…冬だなー」
と隣で呟いた安形が吐き出した息は白く、それはオレも同様だった。


心の矛先


「うー、どれがいいかな」
「別にどれでもいんじゃね」
なんて、適当に返事をした安形と一緒にいるのは、帰り道にあるドラッグストア。唇のカサつきがどうも気になり、面倒臭がる安形を引きずって連れて来て今に至る。顎に手を当ててリップクリームが陳列してあるのを睨んでいるオレの横で、いろいろと物色している安形を軽く恨んだ。

「リップクリームなんてどれも一緒だろ?要は唇に油を与えられれば何でもいいんじゃねーの」
「夢がない!やっぱり塗るならいい匂いとか味がいいじゃん」
「味ってお前…、舐めんの?」
「好き好んで舐めるか!」
「あ、そう」
なんて、くだらない会話を交わした後にもう一度悩んだ末、400円程のそれを購入した。ありがとうございましたー、という声を背中に聞きながら外に出ると、やっぱりそこは変わらず寒い。
近くにある公園のベンチに座り、白く染められたビニール袋に入っているリップクリームを取り出す。音をたてながらパッケージを破り、キャップを外して先端を唇に当てた。ふわりと香った匂いに満足してからキャップを閉め、ポケットに仕舞う。

「……マメだよなぁ」
「安形よりはね」
何故か眉をひそめた安形に笑ってから、マフラーを巻き直した。

「どうなんだ?味とかいうやつは」
「なんかすごい興味津々だな」
「んや、別に」
「安形も塗ってみる?」
「いらね」
ふいとそっぽをむいた安形が、未練たらしく黒目だけを動かしてオレのほうを見る。ん?と小さく首を傾げたオレに、安形はニヒルな笑みを浮かべた。

「…」
「なに?」
「やっぱ、いる」
そう言って伸ばされた手は冷えた頬に温もりを感じさせて、少しだけくすぐったい。そのままの流れで耳をいじる骨張った長い指に気をとられていて、近づいてきた安形に気がつけなかった。

「うわ、なに、近いな」
「喋んな」
肩を竦め背中を若干後ろに引くと、更に詰め寄ってきた安形に思わず冷や汗が流れる。
今は冬だというのに。


ちゅ、と合わさった唇は温かくて、恥ずかしさに耐え切れず強めに瞼を伏せる。舐めとるようにオレの唇に舌を這わせた安形は、目を薄くしてニヤリと笑った。

「っ安形、おま……っ」
「なんだコレ、よくわかんねえな」
笑った後で、顎に親指を添え自分の唇を舌でなぞっているのを見ると不覚にも顔が熱くなる。キスされた羞恥もあって、目を合わせられないくらいに動揺していたオレは、二の腕で顔の下半分を覆った。


「外でなんてことしてんだ…!」
すぐさまベンチから立ち上がって足早に歩を進めれば、後ろからかっかっか、と笑い声が聞こえる。追ってきた安形が、オレのポケットに手を突っ込んできた。中で繋がれた手と手はゆっくりと指同士が絡み合い、心拍数が上がる。

「これは…わかるまで確認作業するしかねぇなあ」
「わけわかんない」



冬は、まだまだこれから。
心は、これ以上ないくらいに温かかった。


ップクリーム


書いてて「リップクリームは唇に"油"を与える物なのだろうか」と疑問に思いましたが、この際見なかったことにします☆←


title:空色の雫




prev / next

[back]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -