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not勘違いお兄ちゃん

***

「ちょっと安形」
部屋の中に、かり、かり、とペンを走らせる音が響く。時たま繰り出される欠伸に眉をひそめたミチルが、恨めしげにオレを睨んだ。

「あんだよ」
「人が必死で勉強してる時に悠長に欠伸なんてかかないでくれる?」
「…生理現象だからなんとも言えん」
「勉強してる隣で横になりながらくわくわくわくわ欠伸されたらたまったもんじゃないよ」
「…」

(…ぴりぴりしてんなー)
ふわふわの髪を左手で乱しながら再びノートに向き直る。
受験勉強する気なんて端からなかった。自惚れてるわけじゃないけど、都内一の大学であろうが日本一の大学であろうがなかろうが、勉強なんかする必要はないと思っている。

猫背になってせかせかとペンを動かすミチルを、頬杖をついて眺めた。


にもかも


「安形、ここってどの公式使えばいいの?」
ぴりぴりしていると言っても、何に対しても憤るようなことはない。ノートを片手に擦り寄ってきたミチルにオレも自ら距離を縮めてその手からペンをするりと抜いた。

「これはこの公式を使って、…そうそう。そこらへん把握しとかないときついんじゃねえの」
「…頑張る。から……安形、キス」
「ん?ああ」
きゅっと線のように結ばれた口が細く動き、キスをせがむ。ペンを床に置き頬に手を添えてやれば、ん、と急かすかのように目を閉じた。触れた唇から互いの熱が漏れ、感染して息が上がってくる。

最近ミチルはよく、キスをねだるようになった。
なんの突拍子もなく「キスして」と言われても無論嫌な気はしないが、毎度毎度の寂しそうな瞳は正直いってよろしいものではない。どうにか出来ないもんかと柄にもなく考えても、それだけでは何の解決にはならなかった。

受験への不安ってのと自分達のこれからの不安ってのが同時に来ていて、それを埋めるための行為なのだろう。そのくらいすべてわかっている。
何年、一緒にいると思っているんだ。


「………た、がた、…あがた!」
身体を強く揺すられる感覚と張りのある声で、我に返る。どうやら数分の間だけ寝息を立ててしまっていたらしい。

「わりーわりー」
棒読みの謝罪を繰り返しつつノートに向いたミチルの横顔を覗く。完全に覚醒しない頭でも、その横顔に憂いがあるのはよくわかった。

「安形さー、勉強しなくていいのか?」
「オレは勉強しなくてもなんとかなるし」
「くっ、むかつく……」
冗談混じりにそう言って笑ったミチルにふと陰りが見える。わかっているのに何も言ってやらないオレは、相当性格が悪い。
何となくその細い身体を腕の中に納めたくなり横から抱きしめれば、なんだよと薄い微笑みが向けられた。
その後すぐに下に目線を落としたミチルの手が、オレの胸の上で拳をつくる。



「………………安形」





「大学、受からないでなんて言ったら、どう思う…?」



俯いたままのミチルから、今にも消えそうなか細い声が聞こえた。固く握られた拳はその声と同様、小刻みに震えている。
いたたまれなくなって目の前の髪の毛に指を通した途端嗚咽が聞こてきた。

「オレ、最近だめなことしか、考えられなくなって」
「…」

「あが、あがたといつか一緒に、いれなくなるのかなとか」

「……」

「会えなくなるのかな、と、か」
「………」

「別れちゃうのかな、とかぁ…」
子供みたいにしゃくり上げながら、声を詰まらせながら紡がれる言葉の語尾がついに消え失せた。ぐしぐしと押し付けられた目元が流す涙で、ゆっくりと布が水分を含んで広げていく。
宥めるように少し強めに頭を撫でれば、今度は角度を変えてオレに向き合い本格的に泣き出した。





「…落ち着いたか?」
「……ごめん」
「別に謝らなくてもいいけどよー」
10分以上泣きに泣いたミチルの背中を撫でてそう言っても、もう一度ごめんと謝られて終わる。顔を上げたミチルの頬には涙の跡、目の下は赤く腫れてなんだか痛々しい。

「ミチル」
「う、わ、…ちょ、安形」
もう水滴の伝っていない薄ピンクの頬をべろりと舐め上げる。くすぐったいと肩を竦めるミチルを、限りなく穏やかな声を努めて今一度呼んだ。

「なあ、ミチル」





「…一緒に、住まないか」


途端、整った顔がくしゃりと歪む。さっきまで散々泣いたそいつは、まだ流す涙が残っていたのかとこちらが驚くほどに大粒のそれを落としながら小さく頷くのだった。


end


(不安もなにもかも)
(全部、拭い去って)





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