夏にはよく聞こえた大好きなテニスボールの音もこの季節になると、あまり聞けなくなる。サッカー部や野球部の声だって聞こえない。

窓際の席からしんしんと降り続ける雪を見ながら思わずため息をついた。ふと時計を見たらもう部活が終わる時間。





「行かなきゃ」





首にマフラーを巻き付けてスクールバッグを持って目的地に向かった。






―――――――






テニス部が筋トレしてるであろう場所についてきょろきょろと雅治を探す。だけどやっぱりあんなに目立つ銀髪は見つからない。





「名前」

「あ、ブン太。部活お疲れ様」

「おう、ありがとう。・・・仁王か?」

「うん。だけど、いないみたいだね」

「悪い、今日は来るように言ったんだけどよぃ」

「ううん、ブン太が謝ることじゃないよ」

「  たぶん、教室か保健室だと思うぜ」

「ありがとう。じゃあまた明日ね」

「   〜っ、名前!!」

「ん?」

「  行くのかよぃ」

「だって、約束してるから。私から約束破ることはできないよ」

「そっ、か」

「心配ありがとう。私は大丈夫だから」





毎日部活が終わったら一緒に帰る。それは私達が付き合いだしたときに交わした約束だった。

だから私はいつも部活が終わるまで教室で待ってて、部活が終わった頃に部室に行く。そうしたら、笑顔でテニス部のみんなが迎えてくれて、その中に雅治もいて。

だけど、そんなのとうに昔の話。泣き出しそうになるのを堪えてさっきまでいた校舎に走った。






――――――――






保健室にはいない。となるといるのは教室、か。

雅治達の教室が見えると足がどんどん重たくなって、止まってしまった。下を向いたら今にも涙が零れてしまいそう。

大丈夫。きっとドアを開けたら雅治が笑顔で待ってる。遅かったなって、帰ろうって言ってくれる。私の手をとってくれる。一息ついてまた一歩踏み出す。





「あぁっ、まさはるっ」





その時聞こえた声に折角歩きはじめた足がピタッと止まった。もちろんさっきのは私の喘ぎ声じゃない。だけど、聞こえた名前は私の彼氏の名前。





「っ、」





ここまで来た道を全力で走る。さっきのことを忘れるかのように、無我夢中で。





「はあ、はあ・・・っ、ふっ」





適当に入った教室にしゃがみ込む。

あの甲高い声が、雅治と呼ぶ声が耳にこびりついて離れない。やだやだやだ。消えて、消えてよ。耳を一生懸命抑えるけど、それでも鬱陶しいくらいその声は耳から離れない。溢れる涙はどんどん制服を濡らしていく。





「名前!」





しばらくして涙も止まった頃に聞こえたその声。もう顔を上げなくてもわかる誰かなんてすぐわかる。





「ブン、太」

「大丈夫かよぃ」





ごめんね、ブン太。何回迎えに来るのが雅治だったらいいのにって思ったことか。この温もりが私を呼ぶ声が雅治だったらって何回考えたことか。





「ふっ、・・・・っ」

「泣くな。ほら飴やるからよぃ」

「あり、がと」





止まったはずの涙がまた溢れ出す。雅治の前では泣いたことなんかないのに、ブン太の前では泣いてばっかりだ。

いつからだろう。いつから雅治は私を見てくれなくなったんだろう。いつから雅治の心は離れていってしまったんだろう。

何回なんだろう。こうやって、現実から逃げるのも、ブン太の前でなくのも、その度に口の中に広がる甘い味も。





――――――――






「泣き止んだか?」

「 うん。ごめんね、毎回毎回」

「気にすんな。立てるか?」

「うん。ありがとう」

「よっしゃ、マック寄って帰ろうぜぃ!」





結局今日も雅治と帰ることはなくて。あの教室を避けるように歩くブン太の後ろを俯いて歩いた。








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