君の心を思って涙する


コンコン



いつもにまして正装をして、ピンと張り詰めた空気の中、目の前のドアを叩いた。

中からはどうぞと聞き慣れた声。取っ手を持つ手が震える。ガチャリとゆっくりドアを開くと目の前には眩しいくらいの純白に包まれた――



「・・・名前」

「くら!来てくれたんだ!忙しいって聞いたから来れないかと思ってた!」



思わず息を飲むほど美しい君は、いつもと変わらない笑顔で話し掛ける。どれだけ大人になっても何年たっても変わらない君の笑顔は不思議なくらい俺の心を安らげる。それは高校生、中学生、小学生の時からずっと変わらない。



「当たり前やろ?大事な幼なじみと親友の結婚式なんやから、来ないわけないやんか」

「ありがとう!謙也にはもう会ったの?」

「いや、まずは綺麗な花嫁を見なあかんと思ってな」

「へへ、どう?綺麗でしょ?」

「本間、馬子にも衣装とはこのことやな」

「え、ひどい!」

「はは、うそうそ」

「もう!」

「・・・綺麗やで」



照れながらありがとうと呟く名前。やめてくれ、そんな顔を見たらこの気持ちを抑えられなくなる。ずっと昔に蓋をしたこの気持ちを。



「蔵、実はね」

「ん?」

「私の初恋って覚えてる?」

「え、ああ小5のときのやつか?」

「あれね、実は初恋って嘘だったの」

「それって、どういう」

「私の初恋ね・・・蔵なの」

「・・・、は」

「ごめんね、急にこんなこと言って」



言ってる意味がわからなかった。名前の初恋が俺?名前が俺を好き?あの時よりずっと前から好きだった俺は、名前と両思いだった?

思考回路は完全停止して、瞬間俺の中に秘めてた何かが爆発した。目の前にはある名前の手をとらずにはいられなかった。



グイッ



「名前っ」

「蔵、私謙也と付き合ってから気づいたの。蔵が私を思っててくれてること」

「っ、」

「気づいてからずっと苦しかった。いくら気づいてなかったからって私蔵を傷つけてたから。謙也のこと相談したり、中を取り持ってくれたり。ごめん、ごめんね蔵」



そっと抱きしめた手を離す。目の前にはいつもの笑顔の名前はいなかった。苦しそうに顔を歪める名前。違う、名前にこんな顔をして欲しいんじゃない。辛い思いをさせたいんじゃない。

俺は自分の気持ちに二度目の蓋をした。



「名前、違うで」

「、え?」

「確かに俺は名前が好きやった。きっとこれからもずっと名前が大切や」

「っ、」

「でもな、俺気づいてん。謙也の隣で幸せそうに笑う名前が、俺は一番好きやねん。謙也は俺の一番の親友や!謙也やったら安心して名前を任せられる。ありきたりやけど、名前が幸せなら俺も幸せや」

「く、ら」


「幸せになり、名前」

「 ・・・っありが、とう!」



もう一回優しく名前を抱きしめる。今だけ、これで最後やから。そう言い聞かせて。



「じゃあ、謙也のとこ行ってくるな」

「うん。ありがとう、蔵」

「本番こけたらあかんで?」

「もう!大丈夫だよ!」



じゃあな、と部屋を出た途端に堪えきれないものがあった。



「っ、」



嬉しかった、一時でも名前が自分のことを好きでいてくれて。悲しかった、自分の思いで名前を苦しめたことが。いろんな思いがぐちゃぐちゃになって涙として溢れ出る。

本当は俺が幸せにしたかった。名前の幸せを一緒に築きたかった。今でもこんなに名前のことを思ってる。いつか名前よりも大事な人が現れる時まで。いつか名前のことを大切な幼なじみと思える日まで。




「好きや」



まだ君を思わせて。


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