一章

 太い指で軽自動車のハンドルをさばきつつ、数野は嵐の話を聞いて感心したような声を上げる。
「あら、じゃあ探偵みたいなものじゃないの」
「そこまで高尚なものじゃないですが……」
 自分の職業を明かした時に、幾度と無く繰り返されるやり取りをしながらも、嵐は目の前から視線が外せなかった。
 人の入らないような所だからこそ紅葉の美しさも他を抜くのであり、つまりは山奥の村に大きな道を期待することが間違いなのである。隣町から貫通する国道を除き、民家の橋渡しをするような道は乗用車一台が通り抜けるので精一杯だった。
 しかも本格的に夜闇の下りた道に街灯は少なく、車のライトが照らす僅かな部分を頼りに軽自動車は進む。ライトの中で確認出来る道路幅に肝を冷やしつつ、それでもきちんと舗装された道であることが唯一の救いだ。
「だって、調査を請け負うんでしょ? 何でも」
「主に文献とかそういう類ですから、いわゆる探偵とはちょっと違うとは思いますよ」
「私たちみたいな一般人からすれば皆同じよ。ドラマで見るような職業の人がまさか、あなたみたいなお兄さんだとはねえ」
「はあ……」
 話していくうちにすっかり打ち解けた数野は小さく笑う。
「そんな若いお兄さんにうちみたいな所はちょっと大変かもしれないわね」
「……というと?」
「もともと、うちは昔っからのお寺さんの分家だったのよ。だから家の造りも何も古い代わりに部屋も多くてね、それで紅葉シーズンの間だけ民宿代わりに部屋を開放してるの」
 嵐は背中に薄ら寒いものを覚えながら口を開く。
「……寺の分家ということは、法事や何かの手伝いも自然と多くなりますよね」
 数野は頷いて左にハンドルを切る。細い川沿いに出た。
「そうそう、本家の寺が近いからねえ。御通夜に来た人のお休み処になったりとか、仕出しの手伝いをしたりとか。お陰で出るなんて噂まで立っちゃってね、確かに出そうな雰囲気もあるんだけど、出ないから」
 そう言って片手を振りながらけらけらと笑う。若い人でなくとも、そんな雰囲気の宿は苦手なのではないだろうか。
 特に、嵐にとっては時に命にも関係する。何が悲しくて仕事で来た山奥でまでも、わざわざ寺と関わらなければならないのか、と心底落胆したが、笑いを収めた数野に示された家を目にし、気持ちが妙に落ち着くのを覚えた。
 僅かな坂道を上り、敷地内に敷き詰められた砂利を車のタイヤが踏む音が暗闇に響く。
 敷地の脇に位置する車庫前で車を反転させ、そこで一度止めた。
「先に降りて玄関で待っていてくれる? 多分、車の音で誰か出てくるだろうから」
「はい」
 荷物を片手に車を降り、橙色の照明が照らす玄関に歩み寄る。その背後では嵐の降車を認めた数野が暗闇の中で器用に車庫入れをしていた。

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