序章

 今年も桜は咲く。ただ一時の栄華を誇るために。

 それがどんなに愚かしいことなのかも知らず、どんなに驕った行為なのかも知らず、ただただ花をつけ、人を見下す。

 わたしはお前が、憎い。




「ねえ槇さん」
 ハンカチで口許を押さえながら同僚の石本が声をかける。
「何だよ」
 槇はというと、覆面よろしく口から後頭部にかけて大きなバンダナを巻きつけ、石本からすれば用意周到に見えた。こんなことなら自分だってマスクを持ってきたのに、と顔をしかめて石本は槇を横目に見る。
「何でそんな準備万端なんですか」
「経験だよ、経験。若さが取り柄だなんて思ってる奴にはわからねえだろうな」
「そりゃどうも。体力には自信ありますから」
「そいつは安心だ。じゃあ帰ってもいいな」
「何、言ってんですか。まさか死体が恐いわけじゃないでしょう」
 踵を返しかけた槇の腕を掴み、逃亡を阻止する。
 半ば本気の発言だったのか、動きを制した石本を軽く睨んでから槇は渋々といった体で視線を足先へ戻した。
「……オレ、こういうの苦手なんだよな」
「奇遇ですね。僕もです」
 二人一組で動くのを常とする警察で、槇と石本の付き合いはそう長い方ではない。槇の前相棒は定年を期に退職し、そのお鉢が丁度配属されたばかりの石本に回ってきたというわけだ。
 槇と組むことを知らされた当初は、どうして周囲が気の毒そうな目で自分を見るのかわからなかったが、組んで三ヶ月経った今ならわかる。
 二人一組が行動の基本であるにも関わらず、槇は遅刻するわ聞き込みをするのにいらない世間話をするわ、いつまでたってもよれたスーツを脱ごうとしない所も理解に苦しむ。聞き込みの際に相手がどんな目で自分を見ているのか気にならないのだろうか。
 マイペースを絵に描いたような男だが、そのくせ情報を掴むのは驚くほど早い。どう考えてもその姿が想像出来ないので情報源を聞いてみたことがあったが、嫌そうな顔で「秘密」の一点張りなものだから、いつしか石本もそういうものだと諦めていた。

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