四章

 さわさわと音をたてる竹林は夏に来れば清涼感溢れる場所となるのだろう。しかし、秋独特の澄んだ寒さを伴った風で揺れるさまは見ていて物悲しくなる。本来は鮮やかなのであろう竹の緑も、墨でぼかしたように薄暗い。細い体をしならせる竹を見ながら、嵐はその一歩を踏み出そうかどうしようか迷っていた。
──やっぱり来たな、最近。
 断片的に残る記憶の中で、今目にしている風景に夏の日差しが被る。多聞寺でタエらと話しながら思い出していた記憶は確かにここのものだった。学生時代の成績の悪さから自分の記憶力に信用が置けなかった嵐は、確かめるつもりで来てみた三つ氏を前にしてわずかに安堵する。来たことがある、という感覚に間違いはなかった。
 そこで入るべきか否か迷っているわけだが、あまり時間もない。この後には宮森宅に赴き、カウンセラーまがいの仕事が控えている。
 外気にさらされた頬はすっかり冷たくなり、なんとなしに触れた手の温かみが痛く感じた。
──さて、どうするか。
 軽く深呼吸し、竹林で薄暗く陰る社の左、短い参道に沿うようにして並ぶ三つの塚を見据える。石碑も何もない、ただ他より少しばかり地面が盛り上がっただけのそれらは、ともすれば子供の悪戯にしか見えない。何かの拍子で足を取られる、そんな石ころ程度の存在感しかないのだが、噂や見た目というものはそこに新たな付加価値をつけるようだ。
 首塚だ、呪いだなどと一人歩きしている噂は数知れずあれど、そのどれも真実ではない。違う、と断言出来る自分の目を恨みながら、嵐は三つ氏の敷地に足を踏み入れる。
 夏場はひんやりとして避暑にいい場所だが、寒さの厳しくなる秋口ともなるとあまりありがたくはなかった。生い茂る竹が天を覆い、陽光の射す隙間さえ与えていない。四方八方から覆いかぶさるようにして背を伸ばす竹の葉がこすれる音に包まれ、なるほど、これならば近隣の人間も気味悪がって近寄らないだろう。耳に飛び込む音全てが竹の音というのは、あまり心地よいものではなかった。
──まあ、竹の所為ばかりじゃないだろうが。
 参道に立ったまま、三つ塚に体を向ける。
 幼い頃、そこに漂うのはただ淀んだ空気ばかりだった。年を経ても淀んだ空気に何ら変化はないものの、その質はおぼろげながら感じ取ることが出来る。見る力が弱まっているわけではないことを気付かされ、うんざりとしながら三つ塚の真ん中に向かって屈みこんだ。
「……よくもまあ」
 頑張ったもんだ、と感嘆の息すらもれてくる。
 件の噂では真ん中の塚のあたりに埋めるだのという話だったが、信じた人間が少なからずはいたということだろうか。踏み固められて硬くなった他の地面に比べ、真ん中の塚の辺りだけは手で掘り返すことが出来るほどに柔らかい。初めはスコップか何かで掘られたものが、後々、掘る人間が増えたことによって一部分だけ柔らかくなったのだろう。

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