白い短冊

 湿気を帯びた生暖かい風が頬をなでる。じっとりと肌にまとわりつくそれを、半袖からむき出しになった腕で確かめながら、止めていた指を動かした。
「お母さん」
 すると、縁側で共に折り紙を折っていた少年が後ろを振り返る。台所を忙しなく動き回っていた女性がその動きを止め、強い足取りでこちらにやって来た。
「どうしたの」
 夕飯も間近なこの時間、作業を中断させた息子に少なからずの苛立ちが向けられる。吐き出した声にもそれがにじみ出ていた。
 少年は構わず続ける。
「墨ってある?」
「何に使うの」
「短冊。願い事書きたいから」
「マジックは駄目?」
 だって、と言いよどんで隣を見る。救いを求めるような視線の先で、彼は皺だらけの顔に笑みを刻んだ。その笑顔で事の次第を悟った女性は、困った風に首を傾げる。
「お父さん」
「すまん、わたしが言ったんだ」
 折りかけの折り紙を膝の上に置き、少年に顔を向ける。
「嵐、おじいちゃんの部屋に小さい机があるだろう」
「うん」
「そこの一番上の引き出しに墨や硯が入った箱があるから、それを持ってきておいで」
 途端に嵐は顔を輝かせる。大きく頷いて風のようにその場から走り出した。女性はその背中に気をつけてね、と注意を呼びかけ、返ってきた空返事に嘆息しつつ老人の前に屈む。
「初めから教えれば良かったのに」
「そのつもりだったんだがな。言った途端に振り返って」
 苦笑する父に彼女もくすりと笑う。
「お水、あとで持ってくるから」
「ああ、すまん」
 先刻より幾分軽い足取りで台所に戻っていく。その母親然とした背中を見ながら自然と笑みがこぼれた。いつの間にか娘から母親へと変わった、その成長ぶりが誇らしい。
 その時、遊び任せに風が吹きぬけた。飛び上がろうとする折り紙たちを慌てて引き止める。しかし、その手からするりと白い折り紙が逃れていった。声をあげる間もなく、白いそれは蝶のように舞い上がっていく。
 高く広げられた夜空を縦断ずる星星の大河。どこか一つ、突けばそこから溢れ出そうなほど、星は身を寄せ合っていた。大河を背に天高く攫われる白い折り紙は、どこか物寂しい気分にさせる。
──白い方が見やすいんだけどな。
 す、と眼鏡の奥の目を細めた。黄ばんだ長方形の紙を片手に苦笑する顔が浮かび上がる。
──文句言っちゃいけないか。
 紙を注視する彼の肩を、包帯に包まれた手が叩く。

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