四章
霧雨は激しくなることも小降りになることもせず、ただしとしとと、三人の上に降り注いでいた。
傘をわずかに持ち上げ、槇は恨めしそうに白っぽい空を見上げる。
「なあ高仲」
無言で歩を進めていた高仲は、槇の呼びかけに「はい」と答えた。
「間宮ん家に行くのはいいが、いきなり行って大丈夫なのか」
極めて常識的な発言に高仲は思わず目を丸くし、慌てたようにレインコートの前ボタンを外し、胸ポケットから携帯電話を出す。
あまりにも話が進みすぎるため、高仲は踏むべき段階を飛ばしていた。
「すみません、傘貸してくれます?」
「ああ」
二人は立ち止まり、携帯電話に耳をあてる高仲に槇は傘を傾けた。
それを眺めながら、嵐は側の木にとまる鴉に近づく。
「その餓鬼、臭い」
嵐が話すより先に鴉が言葉を発する。その声は嫌悪に満ちていた。
「臭いって?」
「臭い。これだけ臭くて何でわからないかな」
鴉はひどくじれったそうに体を震わせた。
「だから何の臭いなんだ」
「知らないよ。ああもう体にまで染み付く。綺麗好きとしては堪らないね」
「……臭いはともかく、意見を聞きたいんだが」
「意見? じゃあ言ってやるよ。お前の馬鹿さ加減には呆れるばかりだ」
まともに話そうとしない鴉に閉口し、軽く溜め息をつく。
「忠告ありがとよ」
「……似てる」
「……何が」
脈絡のない発言にうんざりしながら相槌をうつ。
だが鴉は至極真面目な声音で続けた。
「あの鬼と似てる」
「……慎のことか」
嵐は背中がざわりと粟立つのを感じた。
「血の臭いだ」
そう一言、言い放ち飛び立つ。木の陰に黒い姿を見送る嵐の背中へ、槇の声がかけられた。
「行くぞ」
「話まとまりましたか」
二人のもとに駆け寄りながら問う。歩き出した高仲はにこやかに答える。
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