終章

 夜の寺というものは、その雰囲気の所為なのかそれともただ単に気候の関係なのか、異様に涼しく思えた。縁側でぶらつかせている足がひんやりとしている。
「――遅かったなあ」
 荒い足音と共に、ランニングにズボン姿の明良が縁側をやってくる。手持ちの盆の上には晩酌用の酒と、剥いた夏みかんが乗っていた。
「電車が止まってたんだよ。それでも来たんだから誉めるぐらいはしろ」
「へいへい」
「来たら来たで、明日とか言われるし」
「仕方ねえだろ。急に法要入っちまったんだから。泊まればいいし」
「寺は面倒臭いのが集まってきやがるからな……」
 うなだれるが、明良はいそいそと冷酒をぐい飲みに注いでいる。恨めしそうに天を仰いでみたところで、ほくほくと嬉しそうに鳴く鴉を目にするだけだ。
――どいつもこいつも。
 そんな嵐の胸の内など露ほども知らず、明良は既に二杯目に行こうとしている。
「飲まねえの?」
「飲む」
 変な効果のある酒なら飲まないが、と心の中で注釈を付け加え、一息で飲み干した。
「……強いよなあ、お前」
「お前もな」
 言い、二杯目を注ぐ。
 共に一升瓶を一晩で空けた仲である。誰が強いとは、言い合うだけ不毛というものだろう。
「けどさあ……」
 明良は夏みかんをつまんで口に放り込み、飲み込む。
「つまみに、みかんってどうよ。土産はありがたいけどさ」
「美味いだろが」
 確かに美味かった。市販のものよりも酸味も甘味も数段上で、実もぎっしり詰まっている。
「そら美味いけど。珍しいな、お前が土産持参って」
「もらいもん」
「は? 貰ったって? 風呂敷ごと?」
「風呂敷ごと」
 明良は口笛を吹いてみせた。
「へえ、気前良い奴がいるもんだな。どこで?」
「駅で。……えらい根掘り葉掘り聞くな」
 ああ、と言って明良は後ろに伸ばした両腕に体重を預ける。
「見たことあるんだよ、あの風呂敷」
 三杯目の酒を飲もうとぐい飲みを傾けたところで、嵐はその動きを止めた。
「ええと……ああ、あん時だ。お前が酒探しに行ってる時にさ、会った女の人が持ってた気ぃすんだよなあ」
「よく覚えてんな」
「その人が巾着落としてさ、オレが拾ったのよ」
「お前が?」

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