「人間はやっぱり苦手だよ。あんたの時は心配だったし、姫様のことも同じように心配。でも心配な気持ちと同じ分だけ、幸せになってほしいんだよね」
蓮華は遠い目で八重桜を見つめた。
「私らが何を言っても、きっとその人だけなんだろうね」
狐々は「うん」とだけ答えて、同じように八重桜を見つめる。
「……それならやっぱり、幸せを選んでほしいよね?」
蓮華が狐々の方を見てにこりと笑う。狐々はその表情に浮かんだものを見て、強い瞳で見返した。
「うん」
+++++
駕籠の中で葛と向かい合わせになりながら、狐々は葛の表情を盗み見た。駕籠の上部に位置する小窓から、葛はずっと外の様子を眺めている。そうしたところで何も見えるはずもないのだが、と思うと、狐々は意気揚々と膨らんでいた気持ちが萎んでいくのを感じた。
──やはり、事を急ぎすぎただろうか。
蓮華と秘密の会話をした数日後、狐々は蓮華に呼び出され、姫様が帯留めを買うのに供をしてほしい、と告げられた。まさか蓮華の企みか、と驚いていると、どうやら本当に帯留めを買うらしい。だが、そこに、ちょっとだけ寄り道を加えようというのが蓮華の考えのようだった。
しかし、守護のための従者や駕籠を運ぶ狐たち、そして道の先導役である提灯持ちまでもを、二人の企みに巻き込めるとは到底思えない。彼らをどうやって寄り道させるのか、と蓮華に聞いても、彼女はただ狐々に姫様の傍を決して離れるなと言うだけだった。
そして、今である。各地の妖狐の杜は自らの守護のため、あちらの世でもこちらの世でもない全くの別位置に存在する。そのため、杜を出てどこかへ行こうという時には、普通の道を辿るだけでは用を成さない。今、狐々たち一行が通っている道がそのための道であった。
双方の世の間をすり抜けていくような道であるため、風景というものはない。ただ、暗い隧道が続くばかりで、時々、あちらの世か、こちらの世かわからない情景の断片がぼんやりと浮かぶことはあった。しかし、見ていて興味をひかれるような光景ではないし、葛に至っては何度も見た光景であろう。それを、あえて眺めるということは、狐々がいても気が進まないほど気落ちしているのだろうか、と考えて、狐々は正座した足の上の手を強く握った。
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