女性の気丈な言葉に安堵する。
「慣れているんですね」
「そうでもしなければ、今は大変ですから」
 ふと耳を澄ませるとセミの声が代わり始めていた。女性も気付いたように窓を見る。
「ヒグラシですね」
「……電車、来ませんね」
 待合所から線路を覗きこむが、ヒグラシの声以外聞こえない。
 気付けば陽も傾き始めていた。橙色が待合所にさしこむ。女性はしばし考え、嘆息した。
「仕方ありませんね」
 すっ、と立ち上がり女性は嵐の方へと進んだ。
「どうぞ」
 言って、風呂敷包みをさしだす。
 薄桃色の手触りのいい風呂敷包みは重かった。とても女性が持ち歩いていたとは思えない。
「さしあげます」
「……お礼の品なんじゃ」
「このまま持ち帰っても悪くなってしまうだけなので。あなた様にはご縁があるとお見受けしましたから」
 にっこりと微笑まれるも、素直に喜べない。
「いや、でも」
「どうぞ、お持ちになって下さいまし」
 更に言い募ろうとするが女性は日傘をさしていた。
 そのまま軽く会釈すると線路へ歩き出す。
「……おいおい」
 何もわからないわけではあるまいに、と続いて嵐がホームに出る。しかしそこに女性の姿はなく、閉じられた日傘がホームの柱にたてかけてあった。
 そして更に歩を進めた時、目の端を光るものが横切った。
「……そっちから帰るんですか」
 夕陽に染められた線路には美しい輝きを放つ、狐がいた。その輝きは金色というにふさわしく、流れるような毛並みは三つに割れた尾まで続いている。
「近いのですよ」
 穏やかな口調は、聞き覚えがあった。
「気をつけて下さいよ」
「ありがとうございます。……久しぶりに楽しい時間を過ごさせて頂きました」
 情報交換程度の会話でも、数少ない話せる相手の出現に、彼女の心は踊ったのだろう。
「どうも。楽でしょう、そっちの方が」
「本当に。人の姿などたまにとるだけで充分ですね」
「お礼の品、本当に貰って良かったんですか」
「申し上げたでしょう」
 踵を返した狐の声は、戸惑う人間を笑っているようだった。
「あなた様には縁がおありの様だと」




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