「電車は来ておられないのでしょうか」
「ああ、車両事故みたいですよ」
「どれくらいかかりますか」
「さあ……俺も二十分くらい待ってるんで。まだかかると思いますよ」
「そうですか」
女性はしばらく考えた後、嵐が座っているベンチの左隣のベンチに腰掛けた。丁度、扇風機の風が届く範囲で、時折ささやかに女性の持つ風呂敷包みの端が揺れる。
「今日は、いつもより涼しいですね」
ふいに女性が口を開いた。
「そうですね。まあいつもよりは……」
いつも、が常に真夏日な為、涼しいと言っても汗ばむことに変わりはない。
「あなた様は今日はお友達のところへ?」
「はあ、まあ……そうですね」
くされ縁とも言うべきか。一応は友達の域に入るだろう。
「あなたは今日はどちらに?」
「お礼参りに伺おうと思いまして」
「お礼?」
嵐は思わず風呂敷包みを見る。女性はくすり、と笑った。
「ええ。これを渡しに。いつぞやご親切を賜った時、お恥ずかしいことに礼を述べるのを忘れてしまいまして」
「忘れて……」
女性は苦笑した。
「まさか声をかけられるとは思わないもので」
「ああ……そうですね」
嵐は笑って返す。
「……電車来ませんね」
「お急ぎですか?」
「あまり夜遅くてもご迷惑でしょうし」
「じゃあ……」
立ち上がり、窓の外を見る。暇そうなタクシーが一台、止まっていた。
「タクシー使いますか? 俺、呼んできますよ」
「いえ、お手をわずらわせてはご迷惑でしょうから」
慌てたように女性は手をひらひらとさせた。
――本当に大丈夫か。
元が世話焼きな性を持つ嵐だが――特にこの人は心配だ。
嵐のそんな様子を察したか、女性はふわりと笑ってみせる。
「ご心配をおかけしているようで。でも暗くなる前に戻れば大丈夫ですから」
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