ちらちらと皆の反応を見ながら山戸はそこまで言い切り、誰も視線を合わそうとしないのを見て自身も目を伏せる。沈黙の重量感が刻一刻と増す中で、ようやく矢柄が顔を少しだけ上げた。
「途中まで行ったところで、彼が少し躓いたのがわかりました。何か根っこにでも引っかかったんだとその時は笑ってましたが、次の瞬間、彼はバランスを崩して……」
 ごくり、と誰かが唾を飲み込む音がする。陰鬱とした彼らの瞼の裏には未だその光景が残り、こうして話している内に色と温度を伴っていくのだろうか。
 嵐の耳には沈黙しか聞こえない室内にも、その一年生の声や蝉の鳴き声が蘇っているのかもしれない。
 誰もが口を閉ざす中で、ようやく決心したように梓が声を発した。
「全身から血の気が引いた。……転落した一年の所に慌てて下りて行ったが……首が変な方向に曲がって……」
 その光景を思い出したのだろう。最後の方になると声も小さくなり、ようやくの決心も萎んでしまったらしい。豪気な梓の性格を思えば、よほど衝撃的な光景だったに違いない。梓でさえそうなのだから、他の面々に至っては口を開くどころではないはずだ。
「……亡くなった、と」
 止まった時間を動かす嵐の声がいやに大きく響く。
 目の前に置いた酒を手に取り、入野がぼそぼそと話し出した。
「何を、どう相談したかは覚えてない。警察や学校に電話なんて頭にも浮かばなかった。あいつは自分で足を滑らせて落ちて死んだ、事故なんだって言い聞かせて、そこから逃げたんだ」
「運よく、夕立が来て私たちの姿も消してくれましてね。……その途中で、梓が家から酒持って部室に集まろうって言い出したんですよね」
 矢柄がちらりと梓を見ながら言う。当の梓は左手首を握っていただけが、いつの間にか肘まで抱え込み、忙しなく辺りへ視線を巡らせていた。これが彼の本性なのかもしれない、と思う嵐の横で、矢柄が再び梓の名を呼ぶ。すると、やっと気付いた梓は酒を一口含んでから頷いた。
「ああ。何とかして忘れたいのと、俺らは共犯だってことを示したくって……」
 そして部室での飲酒に繋がるというわけか。
 故意ではないにしろ事は起き、そうして彼らは永遠の共犯になった。口を閉ざすことで絆とした彼らの輪は正しい円形を築いていたわけではない。初めから歪だったのだ。
 だが皮肉なことに、歪だった輪はその形のまま回り始めてしまった。共犯という潤滑剤を得てのことならば、本当に皮肉なことこの上ない。
 室内に充満する煙を見やり、嵐はまだ残るカップ酒の中へ煙草を突っ込んだ。じゅ、という音と共に火は消え、瓶底へと煙草が落ちていく。そのあまりにもゆっくりな動作を眺めながら、嵐は口を開いた。

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