皆の表情を観察していた嵐の様子が話に置いていかれているように見えたのか、矢柄が小さい声で話し出した。
「私たちは高校の時ね、郷土史研究部というか、そんなことをやってたんですよ。まあ名前の通り、まともに部費も貰えないくらい小さな部で、部員は私たちと一年生が二人だけでした」
 矢柄の静かな声に促されたのか、山戸が観念したかのようにその言葉を継ぐ。溜め息と共に吐き出された言葉は低く、本当に話したくなさそうな態度であった。
「でもまあ、皆そういう分野が好きで集まった連中だからさ、部費もまともな部室もなかった代わりにフィールドワークと称して、よく街の史跡やら何やら見て回ってたんだよ。それで一応、研究発表みたいなレポートも作ったりして」
 なあ、と山戸が梓に同意を求める。昔を懐かしむ風の声色が混じり、梓も苦笑いを浮かべながら頷いた。
「今に比べりゃちゃちいもんだけどよ、自分たちなりに楽しんでたんだ。好きな事を共有出来る仲間がいるって楽しいだろ。それが毎日あるんだぜ? 授業受ける間だって、部活が待ち遠しく感じたね、俺は」
 梓の言葉に皆がばらばらと苦笑を向ける。学生時代についぞそのような楽しい思い出がなかった嵐にしてみればそんなものか、と思うしかないが、これまでの緊迫した空気を緩和させるほどに良い思い出だったらしい。
 それがどのような形で変容したというのだろう。
 しばらく互いに笑い合っていたが、やがて入野が顔を上げると、空気は瞬時にして固まる。
「本当に楽しかったんだよ。先輩後輩の壁もなければ、顧問や変な規律に縛られることもないし。自由に自分たちの好きなことが出来た。……今思えば、自由すぎたんだよな」
 ふう、と息を吐く。これまで彼らの輪の中で留めておいた秘密を外へ出した瞬間だと感じた。
 言ってしまったという後悔と、口にしたのだからという妙な覚悟が見え隠れする。入野は静かに続けた。
「夏休みに入る前のテスト期間、あれって早く帰れるだろう? だから午後から近くの遺跡を見に行こうってなってさ、一年生も含めて皆で行ったんだ。な、梓」
「ああ。学校の近くに小さな山があって、そこの斜面に土器が散らばってたのを俺が覚えてたんだよ。まあ遺跡が本当にあったかどうかは今じゃわからねえけど。ただ、そこは斜面が急で地盤も緩いから、学校でも地域でも立ち入り禁止にしててさ、けど好奇心に負けたっていうか、それで何回か忍び込んだ事があったんだ」
 じわり、と背中に不安が這い上がる。
 そこまで話して口をつぐんだ梓に代わり、山戸が言葉を継いだ。
「……通い慣れてるっていうのが余計、悪かった。テストも終わりに近いし、どこかでストレスを発散したかったんだな。知った場所で今まで怪我したこともなかったから、一年生に言ったんだよ。度胸試ししてみるかって」
 各々、顔を俯かせた。梓に至っては自分を何かから守るかのように、左手首を強く握り締めている。その指先は力を込めすぎて白い。
 山戸は重い口を開く。
「断っても別にいいやぐらいに考えてたんだが、一年生の一人がそれに手を上げたんだ。やるって。それで何だかこっちも興奮してきて、じゃあ斜面にある土器の中で一番でかい物を拾ってこいって話になった。おれたちもいるし、雨でぬかるんでるわけでもないし、それにその一年生もおれたちと何度か来たことあるから、大丈夫だろうと思ったんだ」

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