「いや、お恥ずかしい限りで。煙草を吸おうと思って外に行こうとしたら、途中からもう訳がわからなくなって」
「ははあ、私もやりましたよ、それ。古い家は情緒があっていいんですが、部屋が多くてどこも一緒の風景に見えてしまう」
 髪に白いものの混じる細身の男が笑って言う。その向こうに座っていた眼鏡の男がけらけらと笑いながら手招きをした。
「まあ、これも何かの縁だ。寒いからそこ閉めて、少し暖まってから行きなさい」
「お邪魔します」
 障子を閉め、細身の男と眼鏡の男の間に入る。よく見ればカップ酒やつまみが散乱していた。この暖かさは人いきれだけでなく、これらのお酒も少々手伝っているのだろう。
「それじゃあ、自己紹介からいきましょうか。私は矢柄と言います」
 細身の男が言う。ポロシャツにベスト、とどこぞの小学校の教諭を思わせる風貌で、顔には知性が映りこんでいた。
 次いで、隣の眼鏡の男が自己紹介に入る。中肉中背、年齢の割に黒く豊かな髪が灯りに照らされて輝いた。
「僕は入野。で、こっちが……」
「おいおい、俺たちの出番まで取るなよ」
「また入野の仕切り屋が始まったな」
 まだ自己紹介を済ませていない二人が笑いながら野次を飛ばす。入野は笑って詫びながら、隣に座る、がたいのいい男へ自己紹介の場を譲った。
「俺は梓。苗字がやたら可愛らしくって泣けてくる」
「そこへ来て名前が薫だもんな。梓薫、どこの芸能人かと思ったね、おれは。……で、おれは山戸」
 がたいのいい梓の隣に座れば山戸の体つきも小さく見えてしまうが、その腹の出方は肥満と言うに相応しい。矢柄や入野に比べて山戸の頭はいくらか心許なく、梓に至っては完全に剃り上げてしまっているから年齢もはっきりとはわからないものの、彼らの親しさを見れば同級生かその辺りだと見当づけることが出来た。
 矢柄が未開封のカップ酒の一つを渡しながら、今度は嵐へ自己紹介を促す。
「俺は頓道と言います」
「へえ。梓より珍しい苗字がいたんだ」
 山戸がつまみの袋を開け、字を尋ねた。
「どういう字?」
「頓挫するの頓に、道でとみどうと読みます。小学校の時は随分と苦労させられました」
「だろう? ほら、同士がこんなところにいた」
 梓が嬉しそうに笑う。それに対して入野が笑って返した。
「梓以外は皆、すぐに覚えるような漢字だからなあ。でも頓道君には敵わないだろ」

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