一瞬、面食らったような顔になるも、すぐに答える。
「一人だけ、お前より年下みたいな人に教えたことはあるよ。しばらく話し相手になってもらったから」
「……もう他の奴には話すなよ」
 厄介事が未来に待ち構えているであろうことを察し、いささかうんざりした面持ちで釘を刺す。それから嘆息し、既に姿の判別も出来ぬほどに旋回する鴉を見上げて呟いた。
「お前の父親はどこにも行っていない。お前が見ようとしなかっただけだ。だから今度は見つけてやれ。……それと、年上をお前呼ばわりするなよ。俺の名前は嵐だ。知ってるだろ」
 はっとしたように少年は目を見開き、その後、いくらか目を赤くして笑う。
「……ぼくは弥彦。……父様の名前から一文字頂いたんだ」
 視界の端でその顔を見ながら嵐は微かに微笑む。途端に、様子を窺っていたらしい鴉が行動を開始した。
 黒い帯がまるで鎌のように一瞬で幹を切り、その勢いのまま下方へ旋回しつつ根と共に沢山の人骨も切り刻んでいく。
 木片と共に飛び散る骨片の量にぞっとしながら、根の真下で相変わらずうろうろとしている槇へ顔を向けた。
「槇さん!」
 声を上げるも、やはり彼の耳には届いていない。事前に大技と予告した天狗の言葉の通り、彼の勢いは衰えを知らず、段々と槇のいる下へ向けて破壊の範囲を広げていく。
 顔を腕で覆った嵐の背を、弥彦の小さな手が押したように感じ、そのまま勢いのついた嵐の体は槇の元へ向けて駆け出した。槇の周囲に至る瞬間、嵐の体を突き返すような障壁の存在を感じたが、轟音と共に崩壊した根の影響でそれも消える。
 たたらを踏みつつ、慌てて槇と共に自分の体も向こう側へ投げ出した。
「うわっ、何だお前!」
 突如として現れた嵐に、槇が驚いて後ずさる。事態を掴めていない槇へ反論すべく口を開いたが、頭上で蠢く影に変化があるのを見て取り、嵐は天を振り仰いだ。
「何だありゃ……」
 驚きが口をついて出る。
 ばらばらと雨の如く落ちてくる根と無数の骨の中、それらが作り出す闇よりもなお暗い闇が胎動するかのように蠢き、その周囲で犬のような影が三頭ほど鴉と応戦しているのが見えた。
 獣、という弥彦の言葉を思い出す。あの三匹の犬が田野倉たちの本性ということらしい。
 弥彦の言葉を思い出した嵐は、どさくさに紛れて放っておいてしまった彼の安否が気になり、舞い落ちる根の向こうに立つ弥彦へと声を張り上げた。
「弥彦!」
 腹の底から声を出すも、彼の耳には届かなかった。弥彦は闇の周囲で動く犬を凝視している。
──まさか。
 弥彦の視線の先を嵐も追う。
 田野倉以外の人物は屋敷の中で見かけなかった。だから他の二人がどういう人相をしているのかも嵐は知らない。
──今度は見つけてやれ。
 高屋敷弥兵衛の妄執が膨れ上がり、獣を取り込んだつもりが逆に己をも取り込んでしまったとしたら。
 嵐は小さく舌打をし、鴉に向かって大声を上げた。
「散らせ!」
 応えるかのように鴉は大きく鳴き、胎動を繰り返す闇に向かって急降下する。闇へ鴉が飛び込むか否かの時、弥彦の叫び声が耳を突き抜けた。
「父様……!」
 その瞬間、全てが閃光に包まれた。



五章 終り

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