「一つ聞いていいか。どうして俺を呼んだんだ」
 少年は顔に穏やかな笑みを浮かべながら、ちらりと嵐へ顔を向ける。
「ぼくは桜を介して周りの変化を見てきた。だから、お前の事も小さい頃から知っていたんだよ」
 どうやら訳知り顔の理由は、事態の真実を知っているだけではなかったらしい。心なしか気恥ずかしくなるのを感じ、眉をひそめてみせる嵐など気にも留めず、少年は根の方へ視線を戻した。
「お前は人のわりにこちらへの情念が強い。だからぼくたちはお前に惹かれる。かつてはぼくらも持っていたものを持ちながら、お前はぼくたちの冷たさも知っているんだもの」
「……誉めてんのか?」
「誉めているよ。庭に梅があるよね? 彼に色々と聞かせてもらったんだ」
 あいつか、と納得しながら、子供の頃の愚かしさが思い出されていたたまれない。人好きのする老人の姿をしていたが、こちらが思っている以上に話好きでもあるようだ。ずっと嵐の成長を庭で見守り続けていた彼が、いらぬ事まで少年に話していなければいいのだが。
「お前なら」
 少年は嵐の手を掴む力を更に強めた。
「父様の妄執を解放してあげられる」
 切実な思いのこもった声に反論する余地は与えられていない。
 少年の小さな背には父親を止められなかったという、抱えきれないほどの後悔が溢れ出ていた。おそらく死んでから現在に至るまで、搾取を止めない桜を眺めながら、彼もまた己の心を壊していったのだろう。
 それでも狂うに至らなかったのは、やはりそこにあるのが桜だったからだ。
 父が愛し、母が愛し、姉が愛し、そして生前は自身も愛した桜がそこにある。例え、自分たちが持ってきたものとは違ってはいても、桜がそこにあるというだけで少年はわずかな救いを得られていた。
 例え、根に絡め取られたのは人の命であっても──桜は本当に美しい花をつけ、少年の心を慰めていたのだ。
 だが、もういいだろう。
 咲き誇る花の下に広がる影に目をつぶるのは、父親に対しても目を閉じるのと同じことだ。
──だから。
 少年は今でも父親の姿を見つけられない。
 かつて父親が己に対して心を閉ざしたように、少年は父親に対して目を閉じたのだから。
 嵐が大きく息を吐いて、根の仔細を見ようと目を細めた時、不意に白い風景が薄まるのを感じた。思わず少年を庇いながら一歩後ずさるが、そこから現れた人影に目を見開く羽目になる。

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