目の前に伸びる根に触れる。本来ならば土から栄養を得るそれは、父親の妄執により本当に変わってしまった。皮肉にも、誰かの所為と言っていた父の言が真となったのである。
 早くに亡くした娘と後と追うようにして亡くした妻──全ては彼らとの再会を望むが為に、姉の回復を願うはずだった桜の木は転じて、人の命を奪う木となった。
 ただ家族と会う為、それだけに。
「……お前もここで死んだのか」
 やや躊躇ってから聞く。
「父様を置いていくのはたまらなかったけど、どうしてか気持ちが軽くなった。だからかな、未だにここから逃げられない」
「お前の父親はあの屋敷を売っただろう。その時に桜は抜いたのか?」
「抜いてない。次に住む庭師に託すって言ってた」
「……それで、父親は」
 少年は初めて顔をしかめる。
「わからない。母様も姉様もこの桜に捕われているのはわかるのに、父様だけがいない。ぼくはここを離れられないし、そうしているうちに屋敷へ別の家族が移り住んできた」
 す、と根の先端部分に絡めとられている骨を指差す。
「ここで初めて、桜が意志を持って殺した人だよ」
 土にまみれて汚れたそれは頭蓋骨だった。黒く穿たれた眼窩がうろんげな目をこちらに向ける。
 その首の下にあるはずの胴体はなく、頚椎の途中で断ち切られていた。首が見つからないと槇が言っていた遺体の名を思い出す。
「蘇芳与四郎か……」
 少年は顎を引いた。
「ぼくが死んだことで、妄執は断ち切られたと思った。でも、父様のそれはもうぼくたちの手におえるものじゃなくなっていたんだ」
「家族を求めるから、だから子供や老人が死んで、働き盛りは栄養分のために連れていったってわけか。……随分な父親だな」
「妄執は止まることを知らなくなって、どんどん根を広げていった。そこで一度、桜は抜かれたんだけどね。でももう遅かったんだよ。根が広がった土がそこにあるんだもの」
 人の命を奪うほどに強い思いならば、媒体となった桜を抜いたところで終わるはずもない。根が掘り返した土がそこに広がる限り、父親の妄執は生き続けるというわけだ。
「なら、その屋敷にも影響があったっておかしくないわけだ」
 うん、と少年は天を仰ぐ。
「ぼくはここを動けないから、どうにかして屋敷に入ってくる人を拒もうとした。でも出来なかった。……どうしたって、生きている人の方が強い」
 少年が足掻き続ける中、妄執は広がり続け、やがてある男を見つける。
──蘇芳小五郎。
 屋敷を離れず、父親の跡を継ぐと言って通夜の日に桜を植えた男。おそらく、不審死を遂げた父親の戸籍を抹消したのも彼の仕業だろう。道理の通らない彼の行動に、施工主である高屋敷の妄執が介入していたのなら説明はつく。
 そうして妄執は再び体を得て、後に入居してくる様々な家族の中から自分の「家族」になり得そうな者、栄養になり得そうな者を搾取していったのだろう。そして力を蓄えたそれは他の桜を通じて、更に広範囲に及ぶ搾取を開始し始めた。
 そんな事が戦後から遠く現代にまで連綿と続いていたのかと思うとぞっとする。
「……さっき、屋敷に入り込んだ奴らとか呼ぶとか言っていたのは、田野倉のことか」
「奴らは父様の妄執につけ込んだ獣だよ。もっとも、妄執が呼んだのか妄執がつけ込まれたのかはもうわからないけど」
 嵐の手をつかむ少年の手に力が込められる。時間が経過しても温まらない彼の手は、やはり死者のものなのだと再確認させられた。

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