「いや、宮古綾の方だ。昨日の感じじゃそっち先に当たった方がいいだろ。遅くなるかもしれんが、昼までには必ず着くようにする。招待状ももう一回見たいから持って来い」
 メモへ書き殴っていると、「それとな」と槇が声を張り上げた。
「お前が気にしていた蘇芳のおっさん、与四郎か。昨日、ちょっと地元の警察の資料をつついたら出てきたぞ」
 あまりに軽く言うものだから聞き流しかけたものを、嵐は槇の言葉を反芻しつつ聞き返した。
「何で警察に」
「変死してんだよ」
 メモを取ろうとペンを握っていた手から力が抜ける。それに構わず槇の声は言葉を続けた。
「昨日のおやじ、肝心なところは忘れやがって。……死因は出血多量によるショック死、それも庭の桜の前でだそうだ。一応、調書も取ってるから持っていく。……こりゃいよいよ、何かの因縁を疑うしかなさそうだな?」


 嵐は出かけるまでに充分ニュースを見て情報を整理し、家を出た。朝の騒ぎであまり食欲もわかなかったが、これからの強行軍を思えば何が何でも腹に納めておく必要がある。ご飯の殆どを味噌汁で流し込む荒業は、会社を辞めてから初めてだった。
 電車を乗り継いで宮古綾の家へ向かう間は事件のことを忘れることに努めた。どう考えても答えが出ない。考えれば考えるほど泥にはまっていく。
 こうなったらもう仕方ない。
 槇たちと合流して彼らに推理を託せばいい話のこと、と気持ちに踏ん切りをつけた。一区切りをつけた頭はいやにすっきりとし、嵐は途中で買ったミネラルウォーターを口に含み、そのささやかなアパートを見上げる。
 六部屋からなる二階建てのアパートだ。一般的な造りで、住宅街にあってこれという妙な雰囲気はない。目を凝らしても今回の件に関わりあるようなあちら側の者はおらず、普段から慣れている雑鬼の類が動き回っているぐらだ。それも別段、特筆するほどのものではない。
 自分たちが見える者が珍しいのか、よたよたと嵐に近づいては話しかけたり、嵐と同じようにアパートを見上げては笑い出すものもいた。
「余所者の匂いだ」
「それも生臭い。貴様、魚を食ってきたな」
「ずるいぞ」
「我らはひもじい思いをしているというのに」
「ずるいぞ」

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