綺麗に洗われた陶磁器の灰皿に煙草を押しつける。白い面に灰が散った。
「だが、一番目の紙は有効じゃなかったんだ。埋められた時にはまだ氏神が機能していたから、その穢れを祓うだけの力があった」
「なら、それがいつ有効になったんだよ」
「今年の夏、って言えばぴんとくるな? 武文」
 嵐に見据えられて武文は項垂れた。
──笹山だ。
「まじないが本格化したのもその時期だから、間違いないだろう。お前だって噂聞いたの梅雨ぐらいって言ってたろ」
 明良は頷く。
「多分、その前にもあったとは思う。でもまじないの有効性がなかった。だからそれほど噂にならなかったものを、夏を切っ掛けに広がっている。そうして一番目は有効になった。その切っ掛けを作ったのが笹山だよ」
 不意に、冷たい風が吹きぬけた。感覚的なものだろうか、と顔を上げて自分で否定する羽目になる。
 嵐が言葉に詰まったのを見て、武文が顔を上げた。途端に息を飲んで体を強張らせる。
「──笹山」
 武文の小さな声に促されるようにして少女が体をずらした向こう、縁側に程近い庭に青白い人影が見える。
 コートの裾から伸びる軽快そうな足、短く切った髪、虚ろな目は何も映していない。ただ、ぼんやりとこちらを見つめている。
 そもそも実体ですらないのか、体を透かして黒々と蹲る庭木が見える。月明かりとは違う、新たな光源は冷たい光で各々の顔を照らし出した。
 先日、目にした姿と同じだが、あの時感じた違和感はこれかと悟った。
「……想いだ」
 ふと、少女がぽつりと言葉を落とす。風の音も大人しい、ただ自分たちの息遣いと、時々の葉の音以外は遠慮したように身を潜めている中、その言葉は奇妙な響きを持っていた。
「お前達の言葉では生霊と言うのだろう? あの子供は呪詛に託した想いに潰されて、ああして徘徊している。目的を果たすでもない、ただ幽鬼の如く歩き回る姿は見ていて哀れだった」
「知っているのか」
 見知った風の物言いに嵐が少女を見上げる。切れ長の瞳がその視線を受け止めた。
「わたしが老爺を助け出そうとした際に、土中で邪魔をする力があった。お前の言う一番目の紙と、あの子供よ。一番目はそうでもないが、子供の方がな。それほど強いわけでもあるまいに、しぶとく抵抗しよるものでの。ならばわたしが目的を果たしてやるから、そのあかつきには邪魔をせんでくれと言うたのだ」
「それが武文か」
 少女は僅かに逡巡し、武文を見た。

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