「……ばれた?」
「いや、ばれてない。でもあの人強いから、気をつけとけよ」
「ふうん、驚いた。あんたも良い目は持ってるけど、あの住職さんもなかなかだわ」
 鬼にそう言わしめるとは、本当に只者ではなかったんだな、と一人で納得する。
 一方で、明良が所在なさげに体を丸める武文にお茶を入れ、嵐に向かった。
「どうしたんだよ、この子」
「知り合い。今日は他にも客が来るだろうけど、あまり気にするなよ」
「……めちゃくちゃな」
「お前に言われたかねえよ。一升瓶抱えて寝てろ」
「生憎、酒には呑まれたくても呑まれないもんでね」
「そりゃ奇遇だ。俺も呑まれないんだよ」
「……今更言うことじゃねえだろ」
「お前もな」
 言い切ってコップの中身を飲み干す。言い負かされた感の残る明良は渋い顔をしながら手酌で酒を注いでいたが、鍋の中でいい匂いをたてるカニにすっかり心を奪われたようだ。丁と共に鍋を覗き込む。
 それを見ながら、幾分、酒臭い部屋で落ち着かない様子の武文に嵐は小さく言った。
「お前がここに移動したのは笹山にもわかると思う。だから今夜は笹山もこっちに来るだろう」
「……退治するの」
「まさか。やるのはお前」
 え、と思わず大きな声を出した武文を、鍋をつつき始めていた二人が見やる。嵐が手を払って「なんでもない」と言い、再び武文に向き直った。
「その前に前座があるだろうが、それは俺が何とかしてみるよ。どっちかっていうとそっちが本命なんだが」
「じゃあ、笹山は」
「お前が話せ。前座がいなくなればそれで充分だ。言わないで通じることなんて、高が知れてるんだからな」
 空になったコップは異様に暖かい部屋との温度差で汗をかいている。台拭きでコップの足元の水溜りを拭き取り、嵐は続けた。
「部屋を出たのはそういうことなんだろう」
 不意に、武文は初めて目の前の男を真正面から見た気がした。
 視覚的なものではない。これまでドア越しの会話を何度も重ねて、一度だって嵐の姿をしっかりと見たことはなかった。だが、今こうして隣に座る男はドア越しに感じた恐さよりも数段柔らかい印象を受ける。
──いや、優しいとのは違って。
 武文を子供としてただ懐柔するに努める大人とは格段に違う。優しいかと聞かれれば首を捻るしかない。

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