強くその手を握り締め、食いしばった歯の間からようやく言葉をもらす。どんな謝罪の言葉も受け付けられない。受け付けてほしくなかった。己の所業が許されていいはずがない。
 けれど今の清史に許される言葉はただこの一言のみである。
──すまない。
 例え彼女の耳がそれを拒んでも、清史の口はそれを呟くことを忘れてはならない。
 半ば自身を戒めるかのように清史はひたすらにすまないと呟き続けていた。声を出すたびに喉が焼けるような痛みに襲われ、溢れる涙に視界が奪われようとも、その涙を拭いもせず。
 だから清史はその瞬間まで気づかなかった。
 清史の手を優しく握り返す、力を。
「……」
 自分の手を穏やかに包む暖かさに顔を上げる。歪んだ視界の中、清史の骨ばった手を包み込むようにして、白い指が添えられていた。先刻までの光景と違う。この白い指は伸びきったままだったはずだ。
 ゆるゆると驚愕がこみ上げてきた清史はゆっくりと顔をそちらへ向ける。
 盛り上がった布団の向こう、大振りの枕の中で柔らかな笑みを浮かべる彼女へ。
「……」
 青白い唇が言葉をつむいでいる。しかし酸素マスクに覆われてよく聞こえない。清史は医師を仰ぎ、それに応じた医師は酸素マスクを外した。空気が勢いよく漏れ出す音が響き、清史は顔を彼女に近づける。
「……た?」
 長いこと声を発することのなかった口はおぼつかなく、かすれた声しか生み出さない。彼女は自身の喉を叱咤し、頭の中を巡るただ一つの言葉を声にしようとした。清史にまた会った時、必ず言おうと思い、忘れぬようにしまい続けた言葉を。
 弱った喉の筋肉に全身の力をこめ、息が漏れるような音と共に言葉を吐き出す。
「声、聞こえた?」
 全力で吐き出した言葉だったのだろう。言うやその場で咳き込んで細い体を折り曲げる。慌てて酸素マスクをつけようとする医師の手を遮り、彼女は清史の顔に触れた。
 その手には血の気が戻り、むしろ泣いている清史の頬の方が冷たい。涙の跡が幾筋も引かれた頬にじんわりとした暖かさが伝わる。その手を無意識につかみ、清史は何度も頷いた。力なく崩れ落ちる清史の顔を覗き込むようにして彼女は身を乗り出す。目覚めたばかりの体のどこにそんな力が残されていたのだろうと不思議なほど、その顔には生気が満ちていた。
「……愛やね、愛」
 大声で言ったならばその場の雰囲気をいとも簡単にぶち壊しかねない発言をし、鷹居は顔をカーテン内に納める。つられて顔をそちらにやった嵐の不機嫌そうな顔に対し、あからさまに顔をしかめる。

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