ぽつりと呟き、不謹慎にも鷹居はカーテンの隙間から向かいの様子を覗こうとした。一度は小声で制した嵐だが罪悪感と微かな好奇心の攻防戦の果て、心の中で激しく謝罪しながらベッドの上を移動して鷹居の顔の下から覗く。
 白衣が慌しく往来する向こうで、沢山の機械に繋がれた人物が横たわっているのが見えた。その内の一つが呼吸を助けるためのものであることはテレビによる知識により、それと理解することが出来る。はっきりとは見えないが枕に広がる黒髪から、女性なのだと察しがついた。
「変やな」
 鷹居以上に見入っていた嵐の頭上から不思議そうな声がする。
「何が」
「だって、よう見てみい。えらい慌ててはるけど、なんや驚いてるみたいやんか」
 それに、と患者の頭側に立つ医師を指差した。
「あれ気管内チューブやで。俺んとこの婆ちゃんもやったからよう覚えてる。自分で呼吸出来ひん人の口ん中に突っ込むんや。せやけどあれ、外してるやんか」
 その通りだった。医師は何事かを患者に対して話し、上部のチューブを外す。勢いのついた空気の漏れる音が辺りに響いた。次いで、口の中に入っているチューブを抜き出す。途端に患者はむせて咳き込み、医師が酸素マスクをつける中、周囲を固める医師や看護師に安堵した風な雰囲気が漂う。
 どういう状況なのか鷹居と二人して判断に苦しんでいると、荒々しい足音がこの場に飛び込んできた。
医師や、あるいは看護師のそれよりも緊張に満ち、そして喜びに満ちた足音の主はこの場に似つかわしくないタキシードをひらめかせて向かいのベッドの横に立った。
 短い髪、口の周りの髭──そして皺くちゃのチケット。
「……あ」
 声を揃えて驚愕を露にする。
 その人物は紛れもなく、先刻嵐と神社で話した清史だった。
 蝶ネクタイも外し、肩で息をする清史は立ち尽くしたままベッドに視線を落とす。まるで言葉を探すように、その態度の取り方を考えているようだった。
 しかしその時間も終わる。清史はその場に崩れ落ち、ベッドに横たわる細い腕を握り締めた。ひゅう、と喉を行き来する呼吸の音の間に嗚咽が混じる。嗚咽と鼻をすする音だけが辺りを支配し、周囲のベッドの主も恐る恐るカーテンを開けて様子を窺った。
 清史はただ唇を噛み、泣いていた。
 どう言ってどう接し、どう謝ればいいのかわからない。
 命を絶つことにより音から逃げようとした清史の身代わりとなった、彼女に。
「……どないなってんねん」
 側面のカーテンを小さく開けて、鷹居が隣の患者である老人に事の説明を求める。老人は顔を寄せ、こそこそと話した。

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