「……えらく都合良く俺を見つけたもんだな」
 ここで言葉が詰まる嵐を想像していた鷹居は低い声にびくりとする。
「後尾けてやがったな、あんた」
「あー……」
 わざとらしく空に視線を漂わせてから決意したように嵐を見据える。ようやく謝る気になったのかと嵐も心持穏やかにその言葉を待つことにした。
 しかし。
「そんな汚い言葉使いあかんで」
 予想外などというものの域を超えている。話の流れを完璧に無視した言葉の選択は神業と言ってもいい。ここでようやく鷹居という人間がわかり始めた。
 まともにとりあってはいけない。
 この男を相手にまともな会話をしようと思えば常人の何十倍以上もの苦労を要することになる。労力の無駄と骨折り損を避けるためには、こちらも鷹居に合わせるしか道はない。
 理解というよりも自身に対する警告のようなそれは、努めて恩人の相手をしようとした嵐に脱力を促した。
──あほらしい。
 言葉を失った嵐は適当に相槌を打ち、痛みのひいてきた左膝を立てて頬杖をつく。
「……じゃあもう一つ。あんたがやれない仕事をどうして俺がやれる」
 言外に自分が一般人であることを主張した。
簡単や、と言って鷹居はにこりと笑う。
「鷹居はでかいからな」
 短く放たれた言葉だが、その物言いには重さがある。見れば鷹居も顔をうつむけていた。
「さっき言うたやろ、でかい一族やって。せやから俺一人動いただけでもえらい問題にしはんねん」
 鈍くさい一族やで、と苦笑と共に続けた。
 その顔が丁に重なる。彼女も諦観した表情で同じことを言っていたような気がしたが、生憎記憶が曖昧模糊としている。既視感に似た思いでそうか、と言った。
 だがそこはそれ、嵐が鷹居の仕事を肩代わりする理由になりはしない。どこかしんみりする空気を破って口を開こうとした時である。不意に周りが慌しくなった。
 音の方向からすると正確には向かい側と言った方がいい。六人収容可能の大部屋で、気づかなかったが向かいのベッドにも患者がいたのだろう。あちらとこちらを隔てるカーテンには何人もの影がせわしなく行き来し、大声で薬品名やらバイタルやら叫んでいるのが聞こえた。もっとも聞こえたところで医学の知識など皆無である嵐になどわかりはせず、しかし状況の緊迫した雰囲気からただならぬものを感じる。
「……何や。重篤かい」

- 121/323 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -