「いや、丁の姉ちゃんから話聞いてるとえらい人情派みたいやんか」
 苦労人とも言うんだよ、と一人ごちる。
 嵐の胸中など察することもなく、鷹居はけらけらと笑った。
「せやから俺んとこで受けたらへん仕事、あんさんに任したろかな思て」
「……は?」
 半瞬、文の意味を把握するのに会話が止まる。
 今しがた聞いた内容を何回か耳の奥で繰り返し、それがようやく文としての意味を成しえたところで脳が解析を始める。その解析を終えたところで嵐はもう一度聞きなおすという行動に出た。
 聞こえなかったのかと訝しがる鷹居だったが、聞こえなかったわけではない。
 事実を受け入れたくなかったのだ。
「……だから。俺んとこでやらへん仕事を、あんたに任したい言うてんねん。わかる?」
 一言一言まるで老人に接するかのようにはっきりと言う。
 その態度にもどこか小馬鹿にした感が否めなかったが、嵐はそれよりも受け入れざるを得ない事実に口よりも思わず手が先に出た。
 ごっ、という鈍い音が大部屋一杯に響く。
「いったいな!? 訴えたるぞ!」
 涙目に言い放つもその声は恐ろしく小さい。他の患者を気遣ってのことだが、この場合それが鷹居にとって不利になるとは思いもしない。
 恥も外聞も捨ててあるいは大声で訴えれば良かったのだろう。
 小声で放たれた抗議は嵐の怒気によってあえなく粉砕された。
「俺を便利屋か何かと勘違いしてねえか」
 低く抑えた口調はこの先の激昂を予期させる。
 しかし思わず身構えた鷹居の頭に振ってきたのはやはり小声での怒声であった。
「さっさと帰れ変態」
「は? なんやのそれ。恩人言われても変態言われる覚えなんかあらへん。撤回せえ」
 この場に相応しくない単語に鷹居は敏感に反応する。誰でも言われたくはない一言だが、嵐にはそれを使用するだけの裏づけがあった。
「変態だろうが。神社で会ったと思えば病院にもいるんだぞ。気味が悪い。言われても仕方ないだろ」
「素人さんはこれだからあかん」
 これみよがしに嘆息して鼻で笑う。
「あの時の俺かてあんたと一緒。なんや歩道橋の階段の下で倒れてるさかい、気になって顔見たら肝心の中身がないやんか。それで救急車呼んで病院連れてって、しゃあないから探したろ思て俺も幽霊なって迎えに行ったんやで。そーれで変態呼ばわりされるなんてなあ。そら悪いことしたわ」

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