窓の外に向かって呼びかける。するとこれみよがしな溜め息がした。
「天狗、天狗って。それ種類だろう」
「……どっちだって変わらねえだろ」
「あのね」
 すい、と鴉がベランダの柵に降り立つ。
「名前って大事なんだぞ。わかる?おれがおれであるのは、名前があるから。お前もそう。お前がお前なのは、名前があるから。そこら辺わかってくれないとね」
 偉そうに持論を披露して濡れた体を震わせる。派手に飛び散る水に顔をしかめ、嵐は葉書を差し出した。
「食えって? おれヤギに見える?」
「食っても何しても良いからこれ処分してくれ」
「この間の礼も返してもらってないのに、それを言う」
 つくづく可愛いくないことを言う天狗に嵐は声を荒げた。
「始終、俺の側に居て雑鬼を喰ってる奴がそれ言うか!」
「それで助かってる奴が口応えするか」
「……お前……」
 確かに寄り付く雑鬼が少なくなり、助かってはいる。それとこれとは違うと言いたいが、辺りを震わす程の大きなくしゃみがそれを妨げた。
 天狗は逃げる様に一度羽ばたいてから、また柵に戻った。
「風邪?」
「知るか……」
「鼻風邪って長いよね。ご愁傷様」
 少しはいたわれ、と言ってやりたかったが、それよりも葉書の方が気になる。出来るだけ早く処分し、無かった事で済ましたい――済ましたかった。
 ところが、断りも無く乱暴に開けられたドアの音により、嵐の目論見は見事崩れ去り、続いてのドラ声に心の底より諦めざるを得なくなった。
「おう、頓道。……なんだここ、相変わらず汚いなあ」
 くたびれたスーツの上着を抱え、更に所々すれた革靴を脱いで上がる。
 無精髭が細めの顔を合わさり粗野に見えるが、垂れた目に宿るのは紛れもない知性であった。
 職業病、というものだろうか。男はなめまわす様に部屋を一瞥してから嵐に歩み寄る。
「泥棒が入ったっつってもバレねえな、これ」
「いっそのこと通報して保険金詐欺でもしてみましょうか」
「やめとけ、いくらオレでも揉み消せない。せめて当たり屋程度にな」
 刑事らしからぬ言動に嵐は苦笑し、持っていた葉書を出した。

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