「風が吹いた日」



 空に身を投げ出す間際、彼女はきっと笑っていた。何故かはわからないし、これからもわからない。そして考えることもしないだろう。

 それは澤地のみが持ちうる感情によるものであるし、無粋な考えで壊したくはない。

 逃げ、とも考えられたが、それでもいいと思った。逃げた末に隠れた分岐点を見つけられたなら、もうけものだろう。

――なら、いい。

 澤地もそうして道を見つけた。彼女なりの自分への決着の付け方だったのなら、自分はもう何も出来ない。それが例えどんな方法であれ、生きる者の望みの前に出来ることは限られている。

 ならば、こちら側に残された者がやるべきことは、それを認めることだった。

 どんなに憤り、憎み、悲しもうとも、認めることで渡った誰かを思う隙間を少しだけ心に作ることが出来る。

――ありがとう。

 宮山の言葉を、今なら少しばかり受けとめることが出来る。

――そして、すまなかった。

 思い出すたびに疼く傷もあるが、この低く囁くような声を忘れてはならない。

 この傷も声も、自分をこちら側に引き止める楔になる。

「これからどうするの」

 急に飛び込んできた丁の声にきょとんとして返すと、「仕事」と付け加えられた。

「ああ……」

 特にあてがあるわけでもなかった。加えて言えばそれほど器用な人間でもなく、技術系の仕事は破滅的に向かない。だが、すぐに仕事を探す気にもなれなかった。

 しばらく家事手伝い、と言おうとした時、不意に友人が言った言葉を思い出す。しかし、すぐさまその思いつきを振り払った。

 今までにもう何度も痛い目は見てきたはずである。何が悲しくてそんな専門的な仕事をわざわざ開業せねばならない。本来は友人が請け負うべきものを自分が請け負わなければならない不条理に腹が立ち、だが、内心など知るよしもない丁に曖昧な言葉を返す。

「……まあ、うん、調査員か何かやるかなって」

「へえ、意外」

「何で」

 間髪入れず「意外」と言った丁を怪訝そうに見やる。当の本人はあっけらかんとして言い放った。

「だって、今回ので普通の仕事は諦めたかと思ったんだもの」

「……諦めるって」

「いや、別に個人的な見解なんだけどさ。気にしないで」

「一応、俺は常識人です」

「……不毛」

「あ?」

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