「風が吹いた日」
澤地の部下も彼女と行動を共にする時はパソコンを持たない。その件で富田と言い争っている所を、嵐を含め何人もの社員が目にしているが、そのどれも富田の惨敗に帰している。
──彼らは人間だもの。
だからわざわざ首輪をつける必要はない。
繋げられるのは上司だけで充分、そう言った澤地の顔が目を見張るほどに美しいことを嵐は知っている。外見ではなく、内側からにじみ出る美しさとはこのことを言うのだろう。
嵐は満ち足りた気分を抱えながらハンドブレーキを下ろして、ブレーキから足を離し、ゆっくりと車を動かした。
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高層マンションの利点が嵐にはいまいち理解しかねた。ただ背が高いだけのマンションのどこがいいのか。
突風が吹けば揺れると言うのだから、地震が来た時の威力など計り知れない。外から見上げればそれだけで首に痛みを覚え──中に入れば延々、目的の階までエレベーターに押し込まれる。
ようやく十階を過ぎたあたりで、憂欝な気分も飽和状態を迎える。二人が行かんとするは、この更に十階ほど上だ。
「……エレベーター止まったらどうするんでしょうね、ここの人」
先刻からちかちかと微弱な点滅を繰り返す室内灯を見上げながら、嵐は呟いた。高層マンションだというのに、エレベーターの作りはおそろしく拙い。この照明も換え時ではなかろうか。
ぼやく後輩を横目に見ながら澤地は苦笑する。
「階段じゃない?あとは非常用電源使うとか」
「そんなもんですか」
「止まらない壊れないが前提だからね。……ちょっと、このエレベーターは怖いけど」
言ってから、うちが作ったんだけどね、と笑う。
マンションを建てたのは確かに二人が勤める建設会社だ。不安はそのまま、会社への不審へと変貌する。その心情をあおるかのように、室内灯は点滅を繰り返した。会社の遠回しな嫌味に見え、思わず口をつぐんだ嵐が目のやり場に困って階数の表示を見上げると、いよいよ目的の二十二階に明かりが灯されるところだった。
狭小エレベーターからの解放に安堵する。空気がこもってたまらない。可愛らしい音をたてて到着を告げたエレベーターは、ようやくその口を開く。やっとか、と嘆息して澤地に続いて足を踏み出した瞬間、何か大きな壁が嵐の顔面すれすれに立ちふさがった。
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