手記



 不健康を詰め込んだ室内はカーテンがひかれたままになっており、薄暗い。カーテン越しに射し込む夕日も足早に消えようとしている。重苦しいほどの静寂が耳を塞ごうとし、私は頭を振った。髪のこすれる微かな音がそれらを押しのけ、耳をすませば冷蔵庫のモーター音が聞こえる。よく知る日常の音だった。
 それ以外に聞こえるものも、感じるものもない。私はトイレから出ようとした、その時、ふと違和感を覚えたのである。
 部屋の何かが変わっている。数時間ぶりに目にするからかと思ったが、そうではない。確実に、私の何かが、今、目にしている風景の中に異質なものを捉えていた。ただ、あまりにも小さな事すぎて、それが何なのかわかるまでに視線から零れ落ちてしまうのだ。
 私はじっくりと一つ一つを見つめた。ここまで来たら、その正体を確かめないことには安心出来ない。
 居間で一番先に目についたテレビから始まり、壁にかかったスーツや本棚、次いでトイレの隣にある狭い風呂場は閉じた扉ごしに、台所は冷蔵庫やシンク、壁の染み一つに至るまで目を走らせた。一通り、家具や家電類を確かめた後にはリモコンなど小物類の位置や、あらゆる隙間までくまなく探した。違和感の正体は必ず、今目につく範囲内にあるものに違いない。私はそう確信していた。その場から動かずに頭を巡らせて見回す。
 しかし、確かな予感とは反対に、違和感の正体は全く掴めなかった。だが、何かがおかしい、と微塵に残った正気が訴える。これ以上探そうにも、段々と傾く夕日の早さには敵わず、部屋の中はかろうじて物が視認出来るぐらいにまで暗くなっていた。
 胸の奥にわだかまりを感じながら、電気をつけようと台所の壁にあるスイッチを探した時、私は文字通り、心臓が止まりそうになった。
 スイッチの位置はすぐにわかった。だが、そこに指をかけたまま、私は動けなくなってしまった。
 暗かったからというのもあるが、わざわざスイッチを見て確認しなければならないほど、わからないということもない。だから、私の視線は特に意識せず、いつもの習慣で玄関を向いていたのである。
 そのドアに、見慣れぬものがあった。
 私の住むアパートの玄関ドアにはポストがない。つまり、差し込み口から玄関に郵便物は直接入れられる。その、口だけがやけに暗いのだ。
 差し込み口には金属の蓋があるので、普段ならわずかな光でも反射して見える。従って、そこだけが暗いということは蓋が開いている時しか考えらない。
 そして、外はまだ夕日の名残がある。開いていたとして、外からの光にはまだ事欠かないはずであり、「暗い」ということはまずあり得ない。
 私の目は暗さの正体を知ろうとした。だが、頭の奥の方では「やめろ」と叫ぶ声がある。しかし、一度ピントを合わせ始めた目の動きは止められなかった。耳の奥で心臓の脈打つ音が聞こえ、全身の血流が速くなったようだった。その所為でやけに見えるのか、それとも向こうも見ているからか。
 そこまで考えて、私は悲鳴を飲み込んだ。

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