手記



「兄さんたちがそう言って来たことがあってね。呼んだかって。でもこっちは呼んでもいないし、それが何度も続くからちょっと嫌な感じがしてね」
 この件についても振り返ってはみたが、覚えはない。
 母は私が記憶を掘り返している事に気づかないのか、話を続けた。
「だから……一番上の兄さんは、それで気づいたみたいでね。そういう風にしてこっちに覚えのない事が繰り返しあって、でもお祖父ちゃんたちは気のせいだよって言っていて、だから私たちも大丈夫と思っていたんだけど」
 隠すとろくなことがない、というのはそういう事なのか。だから祖父はその後、全てを打ち明けて寺へ助けを求めた。
 真実を語られたところで愉快な気持ちになれるはずもないが、隠された上に死んだとあってはたまらないものがある。
「俺、どうすればいい」
「まずは家に入らせないようにしなさい。聞いた限りではまだ、隣とお前の部屋との境で、どうにかお前の方に入りこもうとしているように感じる。『あれ』は家の人に招かれないと入れないから、覚えのない来客や、人以外にも中へ入ろうとするものは全て拒否すること」
「それって、鳥とか葉っぱでも?」
「それぐらい警戒した方がいいだろうな。本当なら寺に籠ってやり過ごすのが一番いいんだよ。おれも、上の兄貴もそうして次に回った」
「なら、俺、有休とって」
「多分、お前はそれだけじゃ無理だ。お前の下に直系の男なんかいないだろう」
 伯父の言う通りであった。むしろよくここまで気づかなかったと思いたいくらいである。私以降に男は生まれておらず、直系の男子では私が最年少であった。
 つまり、『あれ』が何かを成したいと思うのなら、私が最後のチャンスということになる。
「それなら余計、寺の方が安全でしょ?」
「だから向こうも躍起になるというのが住職の話だ。自分は既に自分が格下だと認めてしまっているから、『あれ』が本気で寺に入ろうと思ったら勝てないらしい。おれや兄貴の時はまだ向こうにも余裕があったからしのげたが、この先、男子が生まれた時にもそれが通用するかはわからんそうでな。それなら今、住んでいる家の方が安全だそうだ。家は本来、家主を守るものだからな」
 私は何も言えなくなってしまった。その道のプロでさえ太刀打ち出来ないと言っているものに、私の安アパートのドアが何の役に立つのだろうか。
「お前はとにかく何も入れるな。有休がとれるなら、食糧を買い込んで家に籠りなさい。何かを入れるそぶりは絶対にしないこと。手招きも駄目だ。電話もネットも極力やめなさい」
 外界と繋がるものは徹底的に排除しろということらしい。
「……それ、いつまで?」
「十一日間だ」
 これまでぼんやりとした輪郭しか持たなかった話の中で、それだけがはっきりと聞こえた。
「十一日間しのげ。十二日目の朝になったら、解放される」
「どうして十一日ってはっきりわかるの」
 人数だそうだ、と伯父は張りのない声で言った。
「住職に、上の兄貴を寺籠りさせるよう言われた時に、どれだけ籠れば大丈夫なのかって話になってな。それで住職も一緒に『あれ』が離れるまでの日数を数えたそうだ。それが十一日。……おれの時に親父が真っ青な顔で言ったのが忘れられないよ。生贄で亡くなった人の数らしい」
 その場の空気が止まった。
 始まりは何だったのだろう。祖父が故郷を離れる切っ掛けは何だったのか。形のわからない様々な糸が絡まりあって、私の所で瘤になっているイメージが浮かんだ。私はそれを目の前にして途方にくれている。
 怨念、という言葉が浮かんだ。
 伯父はそれから淡々と続けた。塩とお酒は有効なので、毎日交換して玄関や窓に置くこと。飲酒は禁止、常に健康を維持すること。何かあった時には辛めの塩水を作って口に含んでじっとし、何にも答えないこと。
 伯父は十一日間の家籠りに際して、決して外と接触を持たないことをくどいくらいに注意した。その内容を私がそらで言えるようになるまで伯父は繰り返し、十何回目かにして私が間違えずに言えるようになると、実家に戻ってから初めてほっとしたような顔になった。万事は整えた、という顔だった。

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