手記
「……え?」
「吉雄さん」
母親がすかさず伯父を窘める。すると、伯父は母の方を向いて言った。
「その結果が今なんだ。本当のことはちゃんと言った方がいい。隠すとろくなことがない」
不満そうながら、伯父の言には一理あるようで、母は押し黙った。丸くなった背中をなだめるように、姉がそっとなでている。
だが、私は伯父の放った最後の言葉が気になっていた。隠すとろくなことがない──つまりは、過去にそういうことがあったのだろうか。
「住職にも祖父さんたちについてきたものが何かまではわからなかった。よくわからないまま、見立てで言ってしまうと、そのものにそれ以上の形を与えてしまうからとか何とか……色々理由もあるみたいだが、一番の理由は自分は確実に『それ』より格下だからという話だ」
でもな、と伯父はこれまでで一番穏やかな声を発した。
「それじゃあここまで来たのに不憫だ、と。どうも祖父さんたちが移住した顛末を聞いていたらしくてな。ここに来たのも縁だから、追い払うことは出来ないが避けられるようにはしてくれたんだ」
私はいわゆるオカルト系の話は半信半疑に楽しむ方だった。霊能力者というのもいるかもしれないが、それは自分とは大幅に違う世界で生きる誰かだろう。ドラマやアニメで見る架空の人物を見ているような感覚だったのが、「実際にいるものなのか」という驚きによって静かに打ち砕かれていった。
「ここからが重要だ。これから何が起こるか、どうすればいいかを言うからちゃんと聞くんだよ」
「え、メモとかしても」
「『あれ』に関するものは何も形として残しちゃいけない。聞いて覚えなさい」
私は唾を飲み込んで聞き入った。
「まず、これから起こることだな。もう気配は感じているんだろ」
「……微妙だけど」
「ついてきたりとかは?」
「ないと思う。……ただ、隣の人が俺の留守中に誰かいるみたいだって」
それを聞いた伯父の表情が、少しだけ険しいものになった。
「おれたちの経験から言うと、最初は気配を感じるだけなんだ。次につきまとわれる。なんかの拍子に姿を見かけたりとかな」
「俺、見たことないよ」
「そう思っているだけで、どこかであるはずだ。それから段々近くなってきて、家に入り込む。今はその辺りだろう」
「どこかでって……」
私は日常を振り返ってみた。どこでだろうと、思い浮かべられるだけの風景を思い浮かべる。朝の目覚め、歯磨きをする時の鏡、ニュースを流すテレビの裏、出かける時のドアの隙間──考えれば考えるだけ怪しい箇所は出て来るし、そうして浮かんできたものを、この先平常心で受け入れられるのかわからなかった。
見える所と、見えないはずの所の、その狭間。視界の端の端に何かしらの存在があったと言われれば、あったのかもしれないし、なかったかもしれない。どちらとも言えないが故に恐怖は増した。
「家へ入ってきたら、『あれ』はどうにかして当人に気づいてもらおうとする。物を動かしたり、音を出したり、ちょっとすると誰かの声の真似をして呼んだりもする。だろ?」
伯父は母へ同意を求めた。母は強張った顔で頷く。
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