嘘吐き姫は空を仰ぐ



 そこまで聞けば、信じるまいと扉を閉ざしてきたダスクも自ら開けざるを得ない。ルセイアはまるで他人事のように話すが、これは真実、彼女自身の話だった。
 話に出てくる『重石』とは、ルセイアの事ではないのか。
 城が沈み始めた時、穏やかな表情で見つめていたルセイアの顔を思い出す。
 ダスクを見つめるルセイアの表情に、橙色の影がベールを下ろした。遥か上方の地上よりも早い夕暮れが、夜闇をまとった黒馬たちの手綱を握る。
「ダスクは、この城の名前覚えてる?」
「……オンセと聞きましたが」
 通称のようなものだと父親から教えられた。何を由来にしたものかはわからないが、通称とは往々にしてそういうものだから、と深くは考えてこなかった。
 ダスクの背中を不安が駆け上る。
「それね、十一って意味なんだよ。オンセの城に生まれた者で、魔法を全く帯びない者こそ重石なりってね」
「何故です!?」
 勢いよく立ちあがったダスクを、ルセイアは目を丸くして見上げた。
「偉大な魔法使いの一族でしょう! 何故、魔法を持つ者にその責務が与えられないんですか!」
 ルセイアはしばらくの間ぽかんとした面持ちで従者を眺めていたが、やがて、ふっと微笑む。
「まあまあ。ほら、座って」
 子供の癇癪をなだめるような態度が、ダスクの神経を更に逆なでしたのは言うまでもない。彼は自分が間違っている事を言ったとは思っていなかった。立ったまま主の目を見据え、己の意を肯定する言葉を聞こうとするが、その口からもれたのは静かな言葉だった。
「でもそれは、お父様やお母様や私の兄妹たちに、この責を負えと言うのと同じでしょ?」
 血の上った頭へ氷水を注がれるような感覚であった。ダスクは顔をしかめ、汗の滲んだ手を強く握りしめる。自分は何をこんなに焦っているのだろう。
 ルセイアはダスクから視線を外し、東屋の天井を仰いだ。
「……ただ、それはお父様も考えたことみたい。はっきりとは仰らなかったけど、多分ね。でも口にすれば私たちの使命の根幹が揺らぐでしょう? 言えないよ」
 私たち、と口の中で呟いて、ダスクはすとん、と椅子に戻った。
 彼も知らない、おそらくは父も、祖父も、曾祖父も、何世代にもわたってルセイアの家へ仕えてきた彼らさえ見ることの叶わなかった影に、『重石』として生きた人々がいたということは、ダスクの想像を遥かに越えることであった。
 しかし、そこまで考えてダスクはふと、思い至り、口を開く。
「……今、私たちと言いましたが、他にも重石となった人はいたということですね」
 ルセイアは視線をダスクへ戻す。
「そうだね。当代に一人ずつ」
「では、ルセイア様の先代が亡くなられて、その任が移動したということなら、時間の計算が合いません。あなたが生まれた時に亡くなった人間はいないはずです」
「よく覚えてるね」
「我々は従者の一族です。仕える主の家の事は覚えて当然です」
 それこそダスクも生まれて間もなくの話ではあるため、父親から聞いた話にすぎないが、王女の誕生と誰かの死が重なったという記録はない。つまり、『重石』の任の交代にはわずかな空白期間があるのではないのか、とダスクは考えのだ。
「……もし、交代に空白の期間があるのなら……」

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