嘘吐き姫は空を仰ぐ



 ダスクが一番初めにルセイアへ教えた事である。おどけたようにその言葉を繰り返す主の姿に言いようのない不安を覚えながらも、ダスクは言われた通りにした。久しぶりに踏み入れた東屋は昔よりも小さく、そして綺麗だった。
「手入れを?」
「私だけだとこんなものだけどね。ここは大事な場所だから」
 こんなもの、とルセイアは謙遜して言うが、女性の力でやったにしては充分すぎる出来であった。石で造られた東屋にはヒビも多く、小さなものまでは手が回らなかったようだが、目に見えて大きなヒビには補修がされている。試行錯誤の末の成果だろう。綺麗とは言えない補修面からは、この場所を大事に思う気持ちが十二分に感じられた。
 隙あらばはびころうとする雑草の類はなく、無論、苔など生す暇も与えられていない。人が過ごす為の空間としての役割を、この東屋はまだ充分に保持出来ていた。
 辺りを見回すダスクを見つめ、ルセイアは気づいたように声をかける。
「それは?」
 指をさして示したのはナーサが預けた籠であった。中にはお茶と焼き菓子が入っている。ダスクが上にかぶせた布巾を取って見せると、ルセイアは表情を輝かせた。
「長話になるから、それ飲みながらね」
「……本当はもっとお腹が空いているのでは?」
「主に向かって本当に遠慮がないわねえ……」
「遠慮して満たされるものも早々、ないですからね」
 紙ナプキンに焼き菓子を、コップにまだ湯気の残るお茶を注ぎ、ルセイアに渡す。うら寂しいだけの場所が一転して華やかな香りに包まれ、ルセイアは満足そうにお茶の匂いを嗅いだ。
「……私、ナーサの入れたお茶好きだなあ」
 まるで懐かしむような言葉に、ダスクの耳は聡く反応する。従者の心の機微に気づけぬルセイアではなく、彼女はお茶を一口含むと苦笑した。
「過敏だよ。とりあえず、最後まで怒らないで聞いてね」
 ルセイアはすう、と息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。散漫する言葉と感情を行儀よく並べ立て、どこから取り出そうかと考えているような顔であった。
 自分を見つめる従者の誠意に応えようと、ルセイアはずっと閉ざすつもりだった心の扉をわずかに押し開ける。
「……うちのご先祖が物凄い魔法使いだったっていうのは知っているよね。その力たるや天を操り、地を裂き、神々さえもひれ伏す強大さなり。覚えてる?」
 昔話に使われる一説を引き出して、ルセイアは言う。幼い頃から耳にたこが出来るほど聞かされた話だが、誰もが本心からそれを信じているわけではなかった。強大であることは間違いないにしても、昔話とは伝えられる歴史の層が厚いほど真実と遠くなっていくものである。子供に語って聞かせる大人も、それを聞く子供も、偉大な魔法使いの末裔である国王一族に敬意を払う一方で、それをどこか現実離れしたお伽噺のようにとらえていた。
 ダスクが頷くのを認め、ルセイアは話を続ける。
「あれはね、別に誇張しているわけでもないし、間違って伝わったわけでもなく本当なの。ご先祖は本当にそれが出来た」
「……」
 胡散臭そうな目で見つめるダスクを、ルセイアは笑った。

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