嘘吐き姫は空を仰ぐ



 その中に探していた人影を認め、ダスクはゆっくりと歩を進める。黒髪に茜色の光が薄いベールを被せ、夕刻の風がそれを静かに揺らしていた。
「姫様」
 呼びかけるも、反応はない。聞こえない距離ではないはず、とダスクは自らの喉に勇気を込めてもう一度呼んだ。
「ルセイア様」
 ダスクは久しぶりにその名を口にした。従者であるが故に、自ら閉ざしていた言葉の箱の鍵を開けると、その中には錆びずに残っていた言葉たちが多くあった。
 どれを使ったらいいのか、久方ぶりの邂逅に戸惑いながらダスクは口を開く。
「髪はちゃんと拭いたんですか? ナーサさんが心配しています」
 ルセイアは答えない。まずは自らが答えよという意志なのか、それとも怒っているのか。後者であればどんなに楽か、とダスクは苦笑を滲ませた。
「……それでは、単刀直入に言いますとね、俺はこの役目が大嫌いです。偉大な国王の側仕えをするのだと喜び勇んで来てみれば、実際は自分とさして歳が変わらない女の子の世話係とくればね。大抵の男はがっかりしますよ。それも我儘で人の言う事は一切聞かない、手を焼くお転婆」
 ダスクは自嘲気味に笑う。
「俺は、こんな女の子一人に振り回される程度だったのかとね。父親を目指して来た先がこれとくれば、さすがに自信を失いました。自分は国王に仕える器ではないと、父親にも国王にもそう見定められたのだと」
 言ってから、大きく溜め息をつく。膿んだ傷を自分で抉るような告白だった。
「まあ、今ではそれなりに諦めもつきましたけどね。これが俺に与えられたものならそれを受け入れるしかない。俺には抗うだけの力もありません。父親と国王に従い、あなたに従うだけです。ですから、当のあなたに嘘をつかれると対応に困る」
 ダスクはルセイアに悟られぬよう、小さく深呼吸をした。
「命令をするのなら、まずあなたが誠意を見せるべきです。さっきの言い分では誰も納得しませんよ」
 籠の持ち手を握りしめる右手が痛い。声の平静さを失わないでいる己を、ダスクは心から褒めてやりたかった。後姿の主をこんなにも怖いと思う日があろうとは。
 ルセイアに拒絶されることを恐ろしいと思うとは、想像だにしなかった。
 風に揺れるだけだった黒髪が、ふと、意志を持って横に揺れる。ルセイアが微かにダスクを振り向いた。その顔には苦笑が浮かぶ。
「……真面目すぎるよ、ダスク」
 いつものような飾らない話し方に、ダスクはほっと胸をなでおろした。
 ルセイアは小さく息を吐き、視線を前方へ戻す。
「聞きたい? そんなに本当の話」
「……当たり前です」
「でも、つまらないよ」
「それを判断するのは俺です」
 ふふ、と表情の見えないルセイアの笑う声が聞こえた。
「ダスクはいつもそうだね……」
 じゃあこっち、と言い、ルセイアはダスクを振り返って自分の向かいの席を示した。
「人と話をする時はちゃんと顔を見て話す。でしょ?」

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