嘘吐き姫は空を仰ぐ



 ダスクは手にしたカップを強く握りしめた。
「嘘をつかれて出来る仕事など限られています」
「では、こういう事でしょう」
 言いながら、ナーサは自分のカップへお茶のおかわりを注ぐ。その香りと共に、ナーサの声が心身に染みわたるのを感じた。
「姫様は最後までご自身の日常を壊したくはなかった。城主となった時から、ただの人として人生を送れるとは思っていなかったでしょう。その為に私たちに嘘をついた。私たちが真実を知れば、きっと姫様をどうにかしようとする……ほら、お優しいでしょう」
「……どこがですか」
「私たちを信頼しているんですよ。自分を助けてくれる人としてね」
「それは人の好すぎる考えです」
 ダスクはナーサの言葉のどこに苛立ちを覚えているのか、わからないでいた。だが、あまりにも人の好すぎる解釈だと感じたのである。これまで自分がしてきた事を正当化するための言い訳にも聞こえた。そうすれば、自身の心を裏切らなくて済む。
 ルセイアはどうだったろうか、とダスクはふと振り返らずにはいられなかった。彼女はただ謝るだけだった。言い訳もせず、自らの事を語る事すらしなかった。それが怠惰だったのか温情だったのか、もしくはそれ以外のものに由来するのか、あの場から逃げたダスクが確かめる術は僅かにしかない。
 彼女は自分の心に正しくあれたのだろうか。
「いいんですよ、馬鹿のように人の好いのが一人いるぐらいがね」
 ダスクは顔を上げた。その顔を認め、ナーサはふくよかな顔に一杯の笑みを浮かべた。
「ですが、あなたはそれではいけない。あなたは従者ですからね。主君を疑うのも従者の務めです。だから、あなたはそのままでいいんですよ」
 さて、と大きく息を吐きながらナーサは立ち上がる。
「このポットなんですけどね、美味しくお茶をいれるには一杯に作らないといけないんですよ。でも、そうすると二人で飲み切るにはちょっと多すぎましてねえ」
 彼女が言わんとするところが知れ、ダスクは強張っていた顔にぎこちない苦笑を滲ませた。固まっていた顔の筋肉に温もりが戻る。
「持って行きますよ」
 ナーサはにこりと笑い、「それはようございました」と、年若い従者の頭を軽く叩いて励ました。


 目の前にある扉はそれほど頑丈な造りでもない。鍵を壊した事も、蹴破った事もある。どちらも主の粗相のせいでダスクがやむを得ず行った所業だが、それも遥か昔の話であった。

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