嘘吐き姫は空を仰ぐ



 ほとんどかきこむように食事を終え、水を飲んで一息ついた。背もたれに背を預け、両足を投げ出す。いつもなら「だらしない」と言って叱り飛ばしている類の不作法だった。しばらく空になった皿とコップを見つめてから、目を閉じる。そして次に目を開けた瞬間、胸に滞る「何か」を整理するように息を吐き、ダスクは立ち上がった。
 炊事場へ空の食器を持って行くと、そこではそんなダスクを待っていたかのようにナーサが椅子に座ってお茶を飲んでいた。ダスクを見ると、今度は笑顔を向ける。
「食後の一杯はいかがです?」
 その穏やかな口ぶりが、ダスクに日常への橋を渡してくれる。
「お願いします」
「どうぞ。食器はそのへんにでも置いといてくださいな」
 彼女の前には余分にカップが用意してあった。一つはダスクの、そしてもう一つが誰の物であるかなど、考えるまでもない。空のカップを視界の端にとらえながら、ダスクはお茶が入るのを待った。
 ナーサは待ち人のために急ぐ事はしなかった。むしろゆっくりと、丁寧な動作でお茶を入れる姿が、見る者にお茶以上の効果を与える事を知っているかのようである。
 微かに渋みを伴う匂いが炊事場に広がり、心落ち着く空間を作りだす。カップを受け取ったダスクは、薄緑色の液体へ溜め息をぶつけた。
「なんです、まだ人生について考え中ですか?」
 おどけたようにナーサが言う。その気軽な言葉が、ダスクの心の蓋を軽くした。
 ダスクはお茶へじっと視線を注いだまま、重く、自ら閉ざそうとしていた口を開いた。
「さっき、姫から言われました。明日か明後日には城が沈み切るので、もう出られるから支度をしろと」
「それは忙しくなりますね」
「でも、自分は行けないと」
「……なるほど」
 ナーサはゆっくりと頷き、お茶の入ったポットにカバーを被せる。
 ダスクが目を上げると、ナーサはいくらか寂しそうに、そのカバーをなでていた。
「なんとなく、そうなるような気はしていましたけどね」
「……自分は姫が死ぬまでお仕えすると言っていましたね」
「そうですね。そのように陛下から承っていました。……ただ、それが全てではなかったようですね」
 ナーサはふっと笑う。
「姫様らしい。あの方は本当にお優しい」
 自分とは真逆の反応を見せるナーサを、ダスクは目を丸くして見やった。
 若い従者に、ナーサは笑顔を向ける。
「私たちが最後まで自分の仕事を全う出来るようにしてくれたのでしょう?」

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