嘘吐き姫は空を仰ぐ



「人に守れと言っておきながら、それは卑怯すぎると思いませんか」
 ややあって、ルセイアが小さく「ごめん」と呟くのを聞く。
「ダスクとナーサに言わないでほしいってお願いしたのは、私だから。お父様たちを恨まないでくれたら嬉しいんだけど」
 ダスクはルセイアの顔を見る事が出来なかった。聞きたかったのは謝る言葉ではなかった。真実さえ告げてくれれば自分はどこまでもついていく。そのための自分であり、家であると思っていた。
 その根幹が崩れ去ろうとしている。
 ダスクは視線を伏せたまま、大きく深呼吸をした。
「……わかりました。あなたが心の底から身勝手だという事は」
 発した声は氷の礫となってルセイアに叩きつけられる。ルセイアは唇を真一文字に結び、その礫に耐えるような顔になった。しかし、視線を伏せたダスクにその表情は見えず、ルセイアは喉の奥からせり上がるものをじっと堪え、やがて震える唇の間から細く息を吐いた。そうする事で、己の心をなだめようとしているかのようだった。
「ごめん」
 ルセイアの穏やかな口調で同じ言葉が繰り返される。何もかも覚悟したかのような声が余計に腹立たしい。いつものように我儘を言い、適当にはぐらかして笑ってくれれば、どんなに救われる事か。冗談だ、と彼女の口が紡ぐのを期待していたダスクは、そんな自分がほとほと嫌になった。
 一瞬、手を強く握りしめた後、ゆっくりと力を抜いていく。その指の隙間を雨上がりの空気がすり抜けながら、何かを掠め取って行った。
 何を取られたのか考える気力を、ダスクは失っていた。
「わかりました」
 自分の口が自分のものでないような錯覚をする。これが本心なのかも、もはや霧の向こうにあって手が届かない。
 目の前にいるルセイアと同じように、これほど近くにあるにも関わらず。
 ダスクはかろうじて残っていた理性で一礼し、ルセイアの横を逃げるように通り過ぎた。可能な限り早く、しかし逃げているとわからないような歩調で歩くダスクを、ルセイアは一度も振り向かなかった。
 ずっと決めていた事から逃げないように、その目は前を見つめたまま他を顧みる事をしない。
 雨はあがり、雲の切れ間から透き通った青空が顔を覗かせる。空気中のごみを洗い流した空は、清々しい顔で地上を見下ろしていた。だが、陽光が射し込むには既に時間が大きく過ぎていた。前方の断崖の縁に見える陽光の欠片を、ルセイアは目を細めて見つめていた。



 城へ戻り、ダスクは淡々と着替えを済ませた。身についた習慣だけが、諾々と彼の体を動かしていたとしか言いようがない。
 食堂へ行くとナーサが心配そうに部屋を往復しており、ダスクの姿を見つけて声をかけようとしたが、すぐに口を閉ざす。その様子で彼女は大体の部分を悟ったらしく、無言で椅子に腰かけたダスクの前にはすぐのように昼食が運ばれてきた。
「少し温め直したのでちょっと焦げているかもしれませんが」
 いつもより匂いに香ばしさが混じる。だが、それが眠っていた空腹を刺激したらしく、ダスクは黙って食事を始めた。
 皿にスプーンのぶつかる音だけが食堂に虚しく響く。いつもは向かいにルセイアが座り、彼女の行儀を指導しながらの賑やかな時間だった。ナーサも笑ったり怒ったりしながらそれに参加し、共に食事をする。だが、今日は誰もおらず、ナーサも炊事場に戻ってしまった。

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