嘘吐き姫は空を仰ぐ



「あらやだ」
「少しは恥じらいというものを覚えて下さい」
「土の下かしらねー」
 しらっととぼける主君にダスクが声を荒げようとすると、ルセイアは良い事を思いついたように手を合わせた。そして大概、そういう時はろくでもない思いつきである事が多く、この時もダスクの予感はぴたりと的中したのである。
「そうだ、雨で流せばいいんだ」
「……は?」
「どうせ水で流すんだから。この雨なら大丈夫でしょ」
「いえ、何が大丈夫なのかわかりません……というか、人の話を最後まで聞く!」
 ダスクの小言から逃げるように、ルセイアは軒下から飛び出した。
 靴を脱ぎ、豪雨の下で小さな子供のように歓声を上げる。全身で雨を受ける姿は嬉しそうで、実際、服についた汚れを落とすような素振りを見せてはいるが、それも遊びと半々と言ったところだろう。濡れた髪をかきあげ、たった今窘められたばかりにも関わらず、スカートを持ちあげて足を泥まみれにしながら歩き回る。靴を脱いだのは賢明な判断だった。あの勢いで靴のまま走り回られたら、一緒にいたのになぜ止めなかったのかと、ダスクまでナーサの雷に打たれなければならない。
 筋の違う場所でほっとしながら、ダスクはまんじりとした思いを抱えてルセイアを眺めた。先刻、ナーサと話した内容が魚の小骨のようにひっかかって離れない。あの屈託のない笑顔と、かつて見た全てを飲み込んだような顔が上手く繋がらなかった。
 壁に寄りかかってダスクが眺めていると、ルセイアがこちらを振り向いて手招きする。
「ダスクも来なさいよー」
「嫌です! そろそろこっちへ来て下さい! 風邪をひきますよ!」
「ひかないから大丈夫」
「根拠のない自信は何の予防にもなりません」
「だから、大丈夫なんだってば」
 ダスクはふと、二の句が継げなくなった。ルセイアの言い方にひっかかるものを覚えたからである。
 ダスクが問おうとすると、ルセイアはにこりと笑って背を向けた。まるで逃げるような態度にダスクがもう一度声をかけようとした時、ルセイアの顔が空を仰いだ。礫のような雨を降らせる雲が蓋をし、灰色の顔は大小の起伏を以て空を波打たせている。嫌な天気だが、良くも悪くも変化はない。
 しかし、ルセイアは視線を空に据えたまま、動かなくなってしまった。まるで縫い付けられたように直立し、空を凝視している。顔に雨の礫を受けても、避ける様子もない。それまでのはしゃぎぶりとは真逆の様子に、ダスクはただならぬものを感じた。
 胸に広がる不審が不安へと姿を変え始めた時、ルセイアの顔は呪縛から解放されたようにこちらを向く。そして、従者の顔を認めてにこりと笑った。
「なに? その顔」
 いつもの調子、いつものルセイアである。人の心配など助走をつけて蹴り飛ばし、狭い城の中で奔放に過ごす勝手気ままな主君が目の前に戻り、ダスクは内心でほっとした。
 だが、それを悟られては図に乗る。ダスクは鼻から息を吐き、ようやく戻ってくる事にしたルセイアに小言を吐いた。

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