嘘吐き姫は空を仰ぐ



 ダスクに指摘され、ルセイアは我が身を見下ろした。透き通るような青の美しい服に、土汚れがべったりとついている。たった今下ろした甕のせいである事は明らかであった。
 ルセイアは苦笑した。
「ナーサに怒られちゃうね……」
「今、俺が怒っているのは別腹とは余裕ですねえ」
「いやあのね……」
 言いかけてルセイアは空を見上げた。ぽつん、とその額に大粒の雫が落ちる。間髪入れずに次の雫が瞼に落ち、言い合う両者が雨だと察するのを待たずに、地面を穿つような雨が灰色の雲から一斉に降り注いだ。
 轟音を響かせる雨から逃れるように、二人は農具小屋の軒先に駆け込んだ。とはいえ狭い軒先である。ほとんど壁に背中をつけるようにしていなければ、あっという間に雨の洗礼を受ける羽目になり、それでも庇いきれない足下などは一瞬で水と泥にまみれた。
 ダスクは自分よりも軽装のルセイアを見下ろして項垂れた。
「また汚れ物を増やした……」
「ダスクだって同じでしょう」
「俺はまだマシですよ。貴方みたいに簡単な恰好ではないので」
「こんな場所で重装備したら死んじゃうって」
「そういう話をしているわけじゃないんですけどねえ……!」
 けらけらと笑い飛ばすルセイアに対し、ダスクは頭の中で彼女の服や体の汚れを落とすのにどれだけの水を使っていいのか計算していた。
 いくら井戸があると言っても汲みに行くのは人力であって、その労力は果てしない。対する雨水に至っては完全に天の気分次第である。どちらも全面的に信用していい水源ではない。雨水は城の裏手にある貯水槽に自然に溜まるような仕組みになってはいるが、それだけでは大人三人分の生活用水には今一つ心許なく、こうして自分たちで甕や桶を持ち出して雨水を溜めていた。
 ダスクは顔をあげ、じっとりとした目つきで畑の光景を眺める。彼の主君は随分と働き者のようだ。大小、様々な甕や桶が畑の一番高い所にまとめて置かれていた。この豪雨であっという間に溢れてしまうような大きさだが、頼もしい光景でもある。
「……あれ、全部やったんですか」
「勿論」
 まあ、と言ってルセイアはスカートを広げた。
「それでこの汚れなら等価でしょ。大きな甕も出せたし」
 彼女が目指した目的地からは離れているものの、あの大きな甕もその大口に豪雨を吸い込んでいるのが見える。
「姫様」
「なに?」
「スカートを下ろしてください。はしたないです」
 わずかに持ち上がったスカートの端から細い足が覗く。

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