嘘吐き姫は空を仰ぐ



「私が国王陛下から承ったのは、姫様に最後まで付き従うという事でした」
「それなら俺も……」
「いいえ、私のは本当に最後までなんですよ。城が沈んで、一人になる姫様に、姫様が死ぬまで付き従ってほしいと、お願いされましてね」
「一人……?」
 ナーサは頷く。
「城が沈んでも、姫様は死ぬまで城主です。そして城主である限り、ご家族の元に戻ってはならないしきたりなんですよ」
 呆気にとられるダスクの前で、ナーサはにこりと笑った。
「でも、私が知っているのはこれだけです。何故城が沈み、そんなしきたりがあるのかは、ナーサには関係ありません。私はただ、姫様が健やかにお過ごしになれれば、それだけで幸せですからね」
 さあ姫様を呼びに行ってください、とナーサは茫然とするダスクを急き立てた。たたらを踏んで立ち上がるダスクを見上げ、ナーサは腰に手をあてる。
「大きくなりましたね。姫様も大きくなられるわけです。今日のお昼は炒めご飯ですよ」
 ダスクもルセイアも昔から好きなご飯である。ダスクはひとまずといった形の苦笑を滲ませ、「呼んできます」と言って畑に向かった。
 その背中に向かって小さく息を吐いてナーサは笑みをもらし、翳りゆく天気の行方を見つめた。太陽の加護から抜ける時間帯にはいささか早く、その暗さには不安をかき立てるものが潜んでいる。首をすり抜ける風の冷たさにナーサは雨の匂いを感じ取り、小走り気味に城の中へと戻った。



 ダスクは手にしたリンゴを見つめつつ、畑へ向かった。ルセイアのたっての願いで作られた小さな畑は、沈んでいく敷地の中で、最後まで太陽の加護を受けられる場所に位置していた。ちょうどこの時間では日向を辿って行くようなものなのだが、地面は既に薄暗い。天を仰ぎみると、わずかに顔を見せる太陽を覆い隠すかの如く、灰色の雲が我も我もと先を急いで空を走って来ていた。
 すう、と温度が下がり、肌をなでる風に湿り気が混じる。ダスクはリンゴをポケットにしまい、走り出した。穏やかならざる雨の匂いを感じる。
 警戒するべき客人ではあるが、度を超さなければ歓迎した客人でもあった。
「姫様!」
 灌木の向こうに艶やかな黒髪が流れるのを認め、ダスクは声をあげた。ルセイアはその声に振り向き、ぱっと顔を輝かせる。
「良かった! ダスク手伝って!」
 駆け寄りかけたダスクは思わずその足を緩めた。
 灌木によって腰から下が見えなかったルセイアが小道に出ると、その細い両腕は大きな甕を抱えていたのである。
 うんざりした表情でダスクは立ち止まり、ルセイアはあまりの重さに甕を下ろして抗議した。
「ちょっと、手伝ってって言ったでしょ」
「手伝うも何も何をしているんですか貴方は……」
「何って、雨が降りそうだから甕を」
「そんなのは俺がやる事です! 貴方は城の中に引っ込んでいて下さい!」
「一人でやるより二人の方が早いでしょう」
「服を汚してまで言う事ですか。洗うのにも水がいるんですよ」

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