嘘吐き姫は空を仰ぐ



 以降、城の沈み方はそれまでの時間を取り戻すように勢いを増し、その中で国王は城で働く人々と、街の人々に選択肢を提示した。支度金を貰ってここを出るか、自分たちと共に新たな土地で生活を築くかの二つである。無論、後者に絶対の保障はなく、前者を選んだ人々の方が圧倒的に多かった。国王は穏やかに彼らを送り出し、そして病に倒れた。
 病床に伏せる身となっても国王は移住の計画を練り上げ、ダスクの父と王妃にその采配を委ねた。そして彼らは、国王の死と共に、残りの人々と共に城を出た。
 城主となった幼いルセイアと、同じぐらい幼い従者と、世話係を残して。
 ルセイアには兄弟がいる。兄が一人と妹が一人、どちらも魔法を使え、その実力は発展途上にあるものの弱いとは言えなかった。彼らはルセイアと別れる時、やはり、その別れを悲しんでいた。ただし、兄の方はある程度の事情を知った上での、妹の方は純粋に別れを悲しんだ上での涙のように見えた。
 母親である王妃はどうだったろうか。やはり、涙を流していた。強く抱きしめて、出来る事なら共に連れて行きたいとその全身が訴えていた。だが、ルセイアはその腕をそっと解き、母親の額にキスをして「お手紙を書きます」と送り出した。
 彼女が手紙を書いたのはそれからすぐの一度きり、後はダスクが何を言っても書こうとはしなかった。
「……姫は寂しくはないんでしょうか」
 ふとそう思い、口にしてみた。そして言葉にすると、いよいよそれが確かな形となってダスクの心に大きな影を落とす。視線を落とした芝生が翳り、ダスクは顔を上げた。まさか現実にまで影響したのかと思い、その突飛な発想に我ながら苦笑をもらす。太陽の栄光を受けられる時間が終わりに近づいているのだった。
 沈みゆく城、見上げるようになったかつての地上、だからここは他よりも日暮れが早く、日の出が遅い。太陽を受ける時間が圧倒的に短いのだ。
 その中で、どうしてあの姫は奔放に振る舞う事が出来、家族に対する寂しさを口にしないでいられるのか不思議に思った。
「ダスク様は寂しいですか? 父上と離れられて」
「俺はもう父から離れた身ですから」
「城が沈み切ったら、会いに行かれますか?」
 多少面食らいながら、ダスクは肯定した。
「まあ……一応は。あ、いえ、姫も連れて行きますよ当然」
 思い出したようにダスクが付け加えると、ナーサは静かに笑った。
「それはよい思いつきです。ですが、ちょっと難しいですね」
「難しい? どこがですか?」
「いえいえ、ダスク様お一人なら行けますとも。ですけどね、姫様は行けないんです。だから、このナーサがついているんですよ」
「どういう事です?」
「もう頃合いですから、お話ししましょうか」
 ナーサは城を見上げる。城の背丈は断崖と肩を並べるほどにまで沈んでいた。あと少しで、この穴蔵のような場所での生活が終わる。

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