嘘吐き姫は空を仰ぐ



 ダスクがこれに猛反対したのは言うまでもない。いずれ沈む城ではあるが、威厳と郷愁に満ちた城の一部を切り売りする必要はなかった。ダスクにも、そしてルセイアにも多少の金銭の貯蓄はあったのだ。そこから払えば沈み切るまで食いつなげると言った。だが、あの奔放な姫様は笑顔で頭を振ったのである。
「私のしたいようにしなさいってお父様が言ったから。こうするの」
 亡き国王が娘のルセイアに何を告げ、何を託したのかはダスクの知るところではない。彼はただ、病床につく国王から「娘を守ってくれ」と言われただけだった。
 ともあれ、食糧については困る事はない。水も同じように買っているし、生活用水においては井戸や雨水でしのげた。だから、ルセイアがこだわる畑というものはほとんど遊興としか思えないのである。リンゴを始めとした果実がいくつかに、野菜とハーブが少々。全て彼女の好きな物だった。これを見てお遊びと思えない方がどうかしているとダスクは思うが、彼の意見に賛同してくれる人物は生憎おらず、よき先輩であるナーサでさえもルセイアの畑には好意を示していた。
「新鮮な果物と野菜を料理に使えるのは嬉しいですからね。だから姫様の畑には感謝していますよ」
 ダスクはリンゴから顔をあげた。
「ナーサさんは聞いてますか? 姫がどうして畑に執着するのか」
「そりゃ、美味しい物を食べたいからに決まってます。あの姫様の事ですからね」
 きっぱりと言い放ってから、「ただ」とナーサはその表情に苦笑を滲ませた。
「詳しい話は私も存じ上げません。ダスク様がお聞きになりたいのは城の事ではありませんか?」
 お見通しというわけだった。ダスクはこくりと頷く。
「そうですね。そもそも俺は、どうしてこの城が沈んで、姫一人を残して皆さんが城を離れたのか、聞かされていないので」
 城が沈んでいる、というのは昔から聞かされていた話だった。父親も祖父から聞かされていたようであり、祖父も同様のようだった。だが、父親がダスクに語った時もそれほど深刻な色はなく、お前が生きている間に指の関節一つ分でも沈んでいれば、いい話の種になるぞ、と笑いながら教えてくれた。実際、その時は関節一つ分も沈んでおらず、父親の記憶によれば幼い頃から変わっていないという。
 なぜ沈んでいるのか、という点については、今でも惜しい事をしたとは思うが、幼いダスクは一つも疑問に思わなかった。その時既に、ルセイアに手を焼いていたからである。曾祖父の時代から一向に沈んでいる気配のない城が「沈んでいる」と言っても、いまいち現実味に乏しい。それよりは目の前の問題を片づけた方がよっぽど建設的であり、実際、父親もさして知っているわけではないようだった。
 だが、事態はある日急転した。たった一晩で、城は自らを中心とした一定の範囲の敷地と共に一気に沈んだのである。それまで指の関節一つ分沈むのに数十年かかっていたものが、一晩で手首ほどまで沈んだ。これには父親も城の人々も驚いていたが、ダスクは慌てる大人たちの影で、落ち着きはらった王族の姿を盗み見ていたのである。
 国王と王妃、そしてその子供たち──あの幼いだけだと思っていたルセイアでさえも、周りの誰よりも穏やかな顔で、微かに顔を覗かせた地中を見つめていた。
 あの時、彼らは知っているのだと悟った。いつかはこうなる事、そしてその時が来た事。なるべくしてなったという顔であった。

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