嘘吐き姫は空を仰ぐ



「明日はー……?」
「今日は!」
 断固として譲らないダスクに折れ、しかし、堅苦しい勉強から解放されたルセイアはせいせいした様子で立ち上がる。そして準備した時よりも数倍速い動作で片づけ、ダスクの言葉を待たずに書庫から駆け出した。
「ありがとう!」
 青いスカートの裾をひらひらとさせて走りゆく主の背中を見つめ、ダスクは溜め息をついた。
 彼の家は代々、ルセイアの家に仕えてきた。それを誇りとし、主の助けになるよう日々研鑚し、努力を積み重ねてきた。ダスクの両親もそうであり、その両親も、そのまた両親もそのようにして彼女の先祖に仕え、自分もその誇りある道を辿るのだと胸を躍らせていた。だから、国王から要請が来た時には家族総出で祝ったものである。生業を継ぐ時が来たのだと誰もが喜んでいたし、ダスク自身も自らが仕える姫というものに多少、淡い期待を寄せていた部分はあった。
 ところが、蓋を開けて見た途端、中から飛び出した針によって期待は呆気なく弾けて壊れた。それも膨らませられるだけ膨らませていた分、ショックが大きかった事は否めない。
 同年代の姫、そのお守り役──そこまではいい。しかし彼女に一国の姫として、そして名のある魔法士の一族の跡継ぎとしての自覚はなく、とかく奔放に動いて常にダスクを振り回した。そして責任感のない言動で周囲に迷惑をかけても悪びれもせず同じ事を繰り返す。途方に暮れたダスクが父親に相談すると、父は苦笑してこう言うだけだった。
「だからお前が必要なんだよ」
 幼いダスクはそれを「ルセイアをあるべき姫の姿に教育する」と受け取った。そして、その時の決意は今もぶれずに彼の中に居座り続けているが、奔放なルセイアを目の前にすると時々心から追い出してしまいたくなる。それをじっと堪えさせているのは、ルセイアの「家」に仕えている自分という誇りであった。
 庭の木陰で本を抱え、天空へ聳える断崖の壁をぼうっと見上げていると、ナーサが箒を抱えて苦笑まじりに声をかけてきた。
「なんです? また逃げられましたか」
 ダスクの苦労を知るナーサは、よき相談相手であり頼るべき先輩であった。
「いえ……少し自分の生き方について考察を」
 ナーサはくすくすと笑う。
「これは重症ですねえ」
 ダスクは息を吐き、「姫は?」と聞いてみた。すると、ナーサは返答の代わりにポケットからリンゴを取り出して投げて寄越す。瑞々しく、手に持った途端甘い匂いが漂った。
「畑ですよ」
 なるほど、とダスクはリンゴに溜め息をぶつけた。
「食べ物は送られてくるのに……」
 沈みゆく城の土地など限られており、そこで三人が自活するための耕作地を抱える事は出来ない。その為、週に一度、商人が立ち寄って食べ物を下ろしてくれる。無論、無償というわけにはいかず、ルセイアが城の物を持ち出して物々交換を行っていた。

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